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夏目房之介の「で?」

NHKEテレ「浦沢直樹の漫勉」

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http://www4.nhk.or.jp/P3310/

 面白かった。浦沢が仕掛けたらしい企画で、漫画家の下書きからペン入れまでをカメラで記録し、それを漫画家が観ながら語り合うという、僕にとっては願ってもないドキュメント。登場するのは、浦沢本人のほか、かわぐちかいじ、山下和美。この比較がまた面白い。
 すでにすべての画面が頭の中で完成していて、いきなり登場人物の眉から描き始める浦沢に対し、頭部の輪郭からペンを入れ、しっかりと人物の輪郭を固めてから顔の各部に入り、眼を後から入れるかわぐち。
 もっとも驚くのは山下で、ネームでいい線が出ているのに、ペン入れの段階で何時間も悩み、しまいにペンではなく初めてだという和紙に墨でいきなりボカシを効かせた絵を描き始め、ついにはそれを断ち切りの1ページ絵にすることを決め、前のコマ構成を変えてしまう。まるでペン入れもまだネーム中のような描き方。山下の場合、すでに決まった構成は存在しないかのように、アドリブで絵と構成が出来上がってゆく。彼女の物語構成の緊密さを考えると、驚くべき行為だが、絵ばかりかコマ構成もペンの先からその場で生まれるのだといわんばかりの場面だった。
 かわぐちは、映画の脚本からの影響を語り、脚本的な台詞の緻密な構成を事前に作り、浦沢はそれに驚く。浦沢の下絵はかなりアバウトな線の集合だが(彼はじつは連載ごとにアドリブで描き続けるようなライブ感のある表現法をもっている)、かわぐちのそれはくっきりと落ち着いた構図を鉛筆の状態で完成させている。
 山下のそれは、二人と比較してもぼんやりとした鉛筆線が多く、場合によっては何が描かれているのか不明なほどだ。作家たちが、お互いの執筆中の映像を観ながら語り合う内容は、そうした違いの確認や驚きを含みながらも、しかし根底のところで手技の現場の意識を共有しているのがはっきりわかる。そこには表現の現場を巡るドラマが感じられる。
 これはおそらく、とても貴重なマンガ表現についてのドキュメントになるはずだ。

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