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夏目房之介の「で?」

ETV「ストラディヴァリウス 〜魔性の楽器 300年の物語〜」

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http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2014/0419.html

以前、終わるとこだけ偶然観て残念に思ってたらETVで再放送していた。今回は冒頭の15分ほど見逃したが、ほぼ全体を観ることができた。とても面白いNHK特集のドキュメントだった。何よりも、ストラドをはじめとするバイオリンの音色を色々と聴くことができて、何だかやたらと懐かしかった。「ツィゴイネルワイゼン」など、父がよく弾いていて、好きだった曲がサワリだけ次々出てきた。

父は、ストラドの膠は今は作れない特殊なもので、傷ができると自分で埋めるのだと話していたと記憶するが、膠によってストラドが特別なものとなった説は今は科学的に否定されているそうだ。ストラドの歴史を観ながら、番組は様々な角度からその特徴や構造を(素人のわかる範囲でだが)検証してゆく。ストラドの材料になった高地(イタリア北部)の森の樹は今もあるが、温暖化で年輪の均一性が変わり、同じ時期からの松の樹はすでにきわめて貴重らしい。そこで楽器の材料用の木の経年を十数分で数百年分進める機械なんかも開発されているらしい。すごい話だなあ。
現在の職人、楽器製作者の検証も面白かったが、一方で病院のCTスキャンを使って3Dデータを再現したり、バイオリン全体の振動を画像化したり、無響室で演奏者のぐるりにマイクをとりつけ、音の指向性を3Dグラフ化してみせたりする科学的検証も興味深かった。現代のバイオリンと違い、奏者の斜め上前方の空間に向かって音が伸びる特性がストラドにはあり、それが大きな会場でも音を届かせるのではないか、と語られていた。しかし、演奏者はそれを「音が大きいのではなく、音がピュアだからなんだ」と語ったりする。客観的な検証と人間、ことに奏者の印象の、それぞれの表現の仕方の違いが面白い。
また、ストラドは17世紀末〜18世紀前半、バッハと同時代に制作され、その後、貴族の宮廷からコンサートホールの巨大な空間での演奏へと時代が変わったことで、じつは弦を長くし、その張りの強度を強め、そのためにネックの角度を変え、駒の高さをあげたり、構造を変えて作り直されていたという。多くの楽器がそれによって壊れたりした中、ストラドはそれに耐えたばかりか、より大きく、届く音を出すようになったのだとか。驚いたなあ。
こういうのを観ていると、だんだんストラドが生命をもつ存在に思えてくる。実際、演奏者にとってはそうかもしれない。ある奏者は、しばらく弾かないと音が出なくなる、しまっておくと呼吸できないんだと思う、と語り、日本公演の前半に音が出ずに苦労していたら、母親がストラドに語りかけ、それからいい音が出るようになったという挿話をうれしそうに語っていた。そういうことも、いかにもありそうに思えてくる。

ところで、ストラドは現在600ほど残っているそうだが、じつはそのすべてが少しずつ異なっているらしい。にもかかわらず、共通する構造があると、3D解析をした人たちが主張していた。それは、駒の立つところで、バイオリンの表板の重量がちょうどつりあい、内部の仕切り棒のところで裏板の重量がつりあっている。さらに、仕切り棒のところで内部空間の容積もちょうど半々になるんだとか。重要なのは「中心」なのだという。それを彼らはプリンシプル(原理)と呼んでいた。おお、李老師の語る八卦掌の「中心」の原理と同じでは!(まあ、こじつけめいてますが、ついそう思ってしまいました)

また現代のバイオリン製作者たちと研究者たちが集まって合宿しているところが映り、そこで知恵と職人技を結集してストラドを厳密に再現したという集団製作のバイオリンが紹介され、両方を弾き比べる場面で番組は終わる。素人の僕には、どちらもすばらしい音色に感じたが、演奏者も「驚いた」といっていた。うまいストーリーの作り方で、番組も締まって終わった。
知的好奇心を刺激してくれる、いい番組だったが、それ以上に久々にバイオリンの音色を存分に楽しめて、ありがたい番組でありました。

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