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夏目房之介の「で?」

鈴木みそ『ナナのリテラシー』

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http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-af91.html

「コミック・ビーム」(エンター・ブレイン)連載中の作品。いきなりマンガ出版市場の厳しい現実をリアルに、しかも分かりやすく説明し、「超売れっ子のベストセラー作家と、貧乏作家に、漫画家たちは二極化する」という恐ろしい結論を提示し、作中で鈴木みそが自作の電子化に乗り出す、というお話をマンガ化している。このへんの説明が素晴らしく、連載中から講義などで何度も使ってきたのだが、単行本と電子版が同時にリリースされたようだ。以前から鈴木みそ『銭』1巻は、マンガ出版市場の説明のとっかかりに使ってきたが、こういう問題提起をしてくれると、学生にマンガ市場を教えるときにはじつに助かるなあ。
あとは、「漫棚通信」さんの記事で読んでください。例によって、とても上手に紹介されています。

追記

ちなみに、『ナナのリテラシー』に書いてあるマンガ家の格差拡大は、書店の状況を根拠に語られます。理路はこんな感じ。

出版不況で、売り上げは毎年落ちているのに、出版点数は年々増え続けている。
しかも、書店の倒産は多く、全国の書棚面積は減り続けている。
書店は当然売れるベストセラーなどを多く置きたいので、その分書棚に並ばない本が増える。たとえば、『ワンピース』のブームで全巻置きが増えれば、その分多くの本が排除される。
その結果、それまで中堅どころで売れていたはずの本が次第に押し出され、売れる本と売れない本の格差拡大が増大する。
したがって、作家の収入格差も拡大する。

背景には、書店と出版流通の独特な関係がある。
出版社が刷った本を流通に納入すると、その時点で「売り上げ」がたつ。もちろん、数ヵ月後に返本があり、そこで差し引きされるのだが、厳しい状況にある出版社は、当面売り上げをたてることで、当面の赤字を避けようとする。いわゆる「自転車操業」である。
しかし、本は売れていないので、これまで1万部出していた一点の本を、3点にして各3千部で出す。こうして点数は増え続け、書店を圧迫し、大きく売れなくても持続的に売れる可能性のある中間的な本を維持する余裕をなくなせていく、という悪循環になる。

この分析は僕も同様で、講義では毎年取り扱っており、数値的にも回復は望めないようにしか見えない。
これは構造的な問題だが、それが指摘されることは少ない。出版流通側は、むしろ出版不況をほかの何か、たとえば携帯やゲームに求めてきた。自身の構造に切り込んで、これを改革するという意思は、今のところ聞こえてこない。つまり、このままほっておけば、こうした状況はさらに進むほかない、という結論になる。

僕の分析では、マンガ家の原稿料収入は、60年代には飛躍的に増加したが、それ以降、一般の物価や賃金の上昇率と比較しても、ひどく低い(30年で大体2倍ほど)。つまり出版市場が拡大した時期も含め、相対的に低く抑えられていて、ちょうど大企業の下請け中小企業同様の位置にある。製作現場にお金が回らない構造としては、アニメ同様だといえる。それを考えると、漫画家の格差拡大と、その先の衰退もありうると思える。
いちばん基本では、出版の、消費者を考えてやってきたとは思えない体質が、不況への対応に影響したんじゃないか、という印象がぬぐえない。
鈴木みそのような個人で著作物を電子化しようとする動きは、こうした状況で生まれてくるのだろうと思う。電子出版が(個人にせよ、法人にせよ)いかに利益を生む構造を獲得できるか、出版がいかにほかの領域との共同の中で生き残る体質を獲得できるかが、課題にように思えますが、その意味では過渡期ということなんでしょうか。いずれにせよ、出版が以前のような形で復活することはない、というのが僕の判断です。

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