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夏目房之介の「で?」

『ブラックジャック創作秘話』4

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宮崎克原作、吉本浩二漫画『ブラックジャック創作秘話 ~手塚治虫の仕事場から~』4巻(秋田書店)が出た。まだ出るんだーと思ったら、帯に「TVドラマ化!! 草彅剛・大島優子・佐藤浩市 2013年9月24日(火)放送」と書いてあって二度びっくり。ドラマ化するんだー。

4巻で、はじめて『ブラックジャック』の連載開始時の挿話が語られている。壁村編集長が直接手塚と会い、手塚が「医者を主人公に」といい、壁村が「いいですね」と答える。ただし、壁村は一話完結で依頼している。(証言・松谷孝征=当時手塚マネージャー)
その後、壁村は担当になる岡本三司に「3回か、4回で終わりだ」と酒場でいう。証言者の岡本は「カベさんは手塚先生の 死に水をとろうとしてるんだ と思ったね・・・」と語ったことになっている。(p168~170)
この作品は、直接関係者に当たって取材しているように描かれているので、それが本当なら、岡本がそのように語ったことになる。
ところが、この話、岡本のほかの証言(トーハンの「RackAce」94年10月号)によると、壁村が岡本に「先生の最期を看取ってやらないか」とくどいたことになっている。

どちらが本当かわからないし、どちらでもない可能性もおおいにある。そもそも、関係者の記憶なんて、何十年も前のことであれば曖昧だし、人によっても大きく違う。もちろん、話しているうちに「面白く」なってしまったり、その人なりの合理化され、かつ信じられていることも、よくある。なので、それら複数の証言の示す状況が大体のところの「事実」であろうと考えるほかないし、そういう相対的な距離感が、こうした過去の発掘や検証にはどうしても必要になる。「事実はひとつだけのはずだ」などというナイーブな信仰は、むしろ危険なのである。「事実」はつねに複数ある、と考えたほうがいい。

インタビューのとき、できるだけ相手の履歴を、ほかの歴史事象とつきあわせていったほうがいいのは、本人の記憶がどの程度曖昧か、どの程度信頼できるか、あるいは系統だっているかが推測できるからだ。「あの作品のとき、たしか東京タワーが途中までできててねー」とかいう発言を、その事象と作品年度を照らし合わせて、合っていれば、それなりに信頼できる。
でも、そういう作業ってなかなか、その場ではできないので、本格的に取材するとなると、何度も聴くことになったりするだろう。マンガ史の検証も、こういう取材をきちんと学術的にやっておいたほうがいいのだろうが、なかなか手も回らない。できれば、こういう作品の取材データも、将来歴史的な記録になりうるので、きちんととっておいてほしいと思うんだよねー。それで、どこかに集中管理できれば、もっと便利だけどねー。

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