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夏目房之介の「で?」

バリから帰ってきました(3)

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133_7  ティルタガンガ(聖なる泉)の全景。昔の王様の沐浴場で、今はプールとして開放されている。大木の下から、現地の人いわく聖なる山アグンの水脈の泉だそうで、飲める。日本の神社のように、その上に祠があり、そのすぐ隣にティルタアユというコテージがある(以前は一軒の宿だったが、今は三つに分かれている)。

133_8  そのティルタアユのレストランの、もっとも素敵な眺めの席から。絶景なり。

133_9  ティルタガンガの池に咲く蓮。

133_21  今回、ティルタガンガで書いた書と画。書は、王羲之の「喪乱状」から何字かとって臨書したもの。画は、山水風に描いてみたテキトーなマンガみたいなもの。

もっとも、スクマジャヤのおやじからは、かなり悲しい話を聞かされた。以前は15人もいたスタッフが、今では俺一人で、料理から部屋掃除から荷物の運搬から、何から何までやらねばならず、子供たちは学校に行かせなければならない。家族とは月に一度しか会えない。祭りのたびにお金も必要で、夜になると泣けてしまうのだとか(実際この島は年がら年中どこかでお祭りをしている)。観光客はここに来て楽しんで帰るだけ。彼らはバリにとって王様なんだ。君みたいに僕を気に入ってくれても、すぐに忘れてしまう。俺のことをどうして神様はわかってくれないのかと考えてしまうのだ。もう40歳になるのに。バリ人の20パーセントは、俺みたいな人間なんだよ。

 彼は25年前からここで働いているというから、僕が数回来たときもいたはずです。僕も彼も覚えてなかったけど。ときおり、こんなことに出会って、のんきな観光客たる僕は少しだけ謙虚な気持ちになり、自分の立場をあらためて反省します。ここは、けして楽園でもないし、夢のような島でもない。ただ、観光客として訪れるからこそ、そのすばらしい部分だけを、いいとこどりで味わえているだけなのです。それでも、バリは東京に住む僕にとって必要な場所なので、やってくる。

 ただ、住みたいと思ったことは一度もない。むしろ、住みたいと思う人の気持ちが理解できない。だって、住むとすれば、この島の、面倒この上ない伝統的な村落社会のしがらみとつきあわざるをえないわけですからね。農業中心経済で、閉鎖されたバリヒンドゥーに統御された村落共同体の内部は、一面で嫉妬深く、監視が厳しく(だから治安がいいという側面もある)、為替上の金持ちである日本人はいくらでも金をもたらす金庫のように思われる。それに、すでに高度消費社会となった日本での経済的モラルからすれば、ありえない金銭感覚の現地では、実際に生活をともにすれば必ず摩擦が生じる。僕にはそんな面倒なことはできない。もちろん、これは僕の場合の話。現地に長く住んでいる日本人をいくらか知っているし、彼らの苦労話も聞くし、でもそれなりにやっている。僕みたいに考える人のほうが少数派でしょう。

 僕が初めてウブドに泊まったとき、能天気なあっぱらぱーな頭で歩いていたら、酔った若者に出会いました。彼は遊び人風のしゃれた格好で、僕に「ハッピーかい?」と笑って聞いてきました。僕はもちろんハッピーだと答えたのですが、彼は急に悲しそうな顔になり「僕はアンハッピーだ。なぜなら、すべきことがないから」といったのです。そのとき、僕にとってのバリとは、現地の人のバリとは別のものだとわかった気がしたのでした。農村共同体の上に、突如としてかぶさってきた観光消費社会。おそらく一次産業の段階にいきなり三次産業が接続してるような状態じゃないかと思います。現地の若者たちがどんな気持ちになるか、その瞬間まで考えたことはなかった。その若者は、今ではどこかでスクマジャヤのおやじのようになっているのかもしれない。もちろん成功しているバリ人もいる。そういう人は「自分のすべきこと」を知っていて、これからのバリを支えかもるしれないし、もちろん希望を持っている。でも、経済成長はどこでも格差を必然的に生むというのも事実。

 というような、ややこしいことも、たしかにバリにいて考えます。でも、おおかたはのんびりと観光客としての本分を守り、リフレッシュしているわけです。

 ここまでが、バリ滞在中に書いてみた文章(写真のコメントは別)。
 大体3~4日目くらいに、夜中寝ているとゾワゾワッとしたり、いろんな変化を感じて、そのあたりから体が完全にバリになじみます。もう長いこと来ているので、わかる。
 今回の課題のひとつ、八卦掌の練習をきちんとやる、というのは、ある程度は実現。そもそもぼーっとしているので、練習に必要な現実的な集中力があまり発揮できないのと、これまでは涼しい朝に、起きてすぐ練習していたのを、陰のある場所をさがして夕方やるようにしたら、わりと集中できました。でも、公共広場のようなところでやっていたら、犬が集まってきて5~6匹にすぐ近くまで囲まれ、ほえかかられました。かまわずやっていたら、そのうちいなくなりましたが、少し怖かった。

 またウブドで避難的に3日ほど過ごした、中心地のホテルは、たしかに場所を考えると静かでしたし、欧米人が泊まっていて、朝食時など英会話の練習になりました。とくに日本文化研究者と出会えたりして面白かった。でも、こういう完備されたところは、逆に僕にとってはバリじゃない感じがして、落ち着かない部分もありました。最後は結局、工事中で最初の宿がいいと思って戻り、そこから帰国です。

 あと、帰りの飛行機で、エコノミーの自分の席に人が座っているといって、ビジネスにやってきた若い日本人客が日本人スタッフの女の子をえんえんと苛めていて、非常に不快でした。あまりかわいそうだし、ほかの客にも迷惑なので、少し割って入って、何とかそこは収まりましたが、結局彼と友人らしい二人はビジネスに居座ってしまった。いやな思いをしました。羽田の荷物場でも、その男性は同乗した男性客にずっとからんでいて、手を出したら出て行こうと思っていましたが、時間も遅いし、係員に通報して帰りました。
 機内では、英語版しかなかったけど『ライフ オブ パイ』を観て、なかなかよかった。ファタジックな映像が素晴らしい。今度借りてみようと思います。

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