オルタナティブ・ブログ > 夏目房之介の「で?」 >

夏目房之介の「で?」

ETV「トラッド・ジャパン」の謡い指導

»

録画しておいて、リスニング練習のために観ているNHK教育「トラッド・ジャパン」という番組に、ジェイク・シマブクロという日系二世のハワイのミュージシャンが、いろんな日本文化を体験するコーナーがある。だいぶ前の回だが、能を教わっていて、その回は謡いの練習だった。
まず、足裏から呼吸しなさい、と指導される。そう聞くと突拍子もない発想に思えるかもしれないが、多分わりと伝統的な中国や日本のやり方だろうと思う。これを意識すると、肺を意識するよりも全身で呼吸する感じになり、体全体がつながって感じられるのと、上半身を緩めてやらないとうまくいかないので、下半身に意識が集中し、全体が落ちる感じになるはずだ。
次に、丹田から声を出す練習では、先生と立って両手を合わせ、声を出しながら押せといわれる。初めは上半身に力が入ってしまうが、上半身をリラックスして丹田を意識して声を出せといわれ、下半身と丹田の力で押せるように、少しだがなってくるようだ。
この練習は面白いと思った。重心が下にさがり、地面からの力で前に押す感じで声が出るようだ。丹田から声を出すと、全身を使った感じで、体を声が響いて通る。僕がカラオケを健康法だと感じているのは、こういう面もある。それと、先生のほうも、上半身の力(分断された力)と、下半身からくる全身の力は、すぐに感得できるだろう。体も安定し、声も安定して太く出るのではないかと思う。相手を押す感じで声を出せるようになれば、声はそれだけ届く力として感じられるのではないだろうか。
八卦掌をやっていると、こういう場面(ごく短い場面に過ぎないが)をTVで観ていても、どこか自分の体でシュミレーションしていて、感覚的に推測できる感じがする。ずっとこればかりやる練習ではなく、おそらくたまに試して自分の感覚の変化を確認するためのものではないかと思うが、興味深い練習法だと思う。

ところで、漱石は謡いを練習していたらしい。おそらく胃病や神経の病にも、謡いの練習はよい効果をもったはずで、本人も気持ちよかったのではなかろうか。ただ本格的なものだったとも思えず、結局は胃潰瘍で吐血したわけだけど。

こういう練習をすると、多分いくらかの人は「大地の気を取り込んで声になる感じ」がしたり、そう言語化することでイメージを膨らませるだろう。それはそれで体を整え、作ってゆくイメージトレーニングとしてアリだとは思うが、そこで「宇宙と一体となって気を巡らせ・・・・」などと言い出すと、多分神秘化しすぎて違うものになっていくように思う。このあたりがなかなか難しいところで、方便に取り込まれて頭でっかちの観念になってしまうのを、踏みとどまる必要がある。イメージはイメージに過ぎず、それを使って体を作ることにあくまで主眼があり、ある程度までできたら、また違う方便で前に進むためのものにしておく、というのが、八卦掌での教えのような気がする。その繰り返しの中で、ある種の鍛錬のしくみが見えてくるはずだと僕は感じている。

Comment(0)