8月1日、花園大学集中講義
8月1日は、京都・花園大学での集中講義。
初めは、学習院の学部向け講義で毎回やっている学生インタビューを行い、それぞれの学生がどんなふうにマンガをイメージしているかを引き出す。単行本派と雑誌派(ここ数年でも、どんどん雑誌派は減少している)、少年、青年、少女マンガの差、どこで買っているか、読んでいるかなど、自分のマンガとの出合い方を意識してもらい、どんなものをマンガだと感じているかを引き出す。その後、海外のマンガをさまざま紹介し、本のページ数、カラーのあるなし、大きさなどをOHPで実物を見せつつ、その背景(流通形態や市場のありよう)を語っていく。経験的に、この流れが学生たちにはひじょうに面白いらしい。学生に反応させつつ、いろんな資料を見せていると、僕はいくらでもしゃべれる。結局、午前1限と午後1限を費やし、残りで『ワンピース』の話から、日本のマンガおよび出版の市場構造の話をした。
いつも、レジュメを作るときは「これで間に合うかな」と不安になるので、つい多めに作ってしまうが、やってみると時間が足りない。年間講義なら次回持ち越しでいいのだが、集中講義だとそうもいかない。本当はもっと学生たちとやりとりをしたいのだが、後半は僕一人でしゃべり続けることになった。あれって長時間やると、やっぱり眠くなるんだよね。ほんとは時間があれば見せようと思っていた映像があったのだが、それは後期に見せることにしよう。
2011.8.1 花園大学集中講義 日本マンガの特性と『ONE PIECE』 夏目房之介
1)「マンガ」と聞いて何を連想するか?
学生質問 雑誌と単行本 種類 → 海外では?
a)米国コミックス ヒーロー物と映画『アイアンマン』『ヘルボーイ』 カートゥーン『ピーナッツ』『ミッキーマウス』 グラフィック・ノベル『マウス』 戦前~戦後日本へ影響(水木しげる ブログ図版)日本型マンガ誌の不在 『少年ジャンプ』『少女ビート』進出→ 日本型『MANGA』 『MBQ』『ドラマコン』 日本マンガの影響はあるが、輸出コンテンツとしては圧倒的に米国優勢
b)欧州のBD(バンドデシネ)誌「ユーロマンガ」 ブク 芸術的な前衛や色彩表現絵の完成度
c)東アジア 日本の影響強く、現地化の歴史 経済状態、流通に依って媒体に変化
日本型マンガ雑誌を試み、一定の市場を得たが、東アジア金融危機以降急速に衰退
○中国 「連環画」の伝統 韓国同様国策でアニメ、マンガを奨励するも挫折 海賊版『エマ』
現在ではネットでスキャンレーションと呼ばれる海賊行為横行 ファンと海賊の関係
○香港 現地化の例 米国型冊子露店売り 『龍虎門』『海虎』 日本雑誌、単行本提携 90年代
○台湾 雑誌→単行本 『封神演義』 オノマトペの面白さ 香港、台湾は日本同様右開き
○韓国 香港、台湾同様日本型成長後、急速に縮小 現在ネットへ 貸本マンガ『Great Killer』
○タイ 5バーツコミック(日本の赤本、貸本的) 海賊版雑誌「J-COMIC」 若者文化=日本型マンガ誌「Katch」 同誌出身作家ウィスット・ポンニミットの日本進出
○インドネシア 衰退した貸本劇画(「アニモンスター」特集) 少女提携誌「NAKAYOSHI」 『NARUTO』まがいの『NABURO』
日本マンガの特性 雑誌→単行本のサイクル 週刊、月刊雑誌市場の大きさと定着(現在失速中
欧米でもかつて存在し、米国にも50年代まで多様なコミックス市場が存在→衰退
少女マンガの存在(女性が描き女性中心に消費される市場は日本に特有 欧米では衰退
2)『ONE PIECE』ブームとマンガを巡るさまざまな事象 『ONE PIECE』「週刊少年ジャンプ」1997年~連載中
a)『ONE PIECE』ブーム
データ=出版科学研究所「出版月報」2011年2月号「コミック市場2010」、「創」2011年5・6月号「特集マンガ市場の変貌」より
α)2009年12月 朝日新聞一面広告 10作目劇場アニメ(尾田本人が制作総指揮)公開ヒット TV報道(ワンピース芸人) 各種イベント アパレルとのコラボ 今年2月集英社発行全雑誌に『ONE PIECE』キャラやロゴを入れる雑誌ジャック
初版部数 2010年3月57巻/300万部(『ハリポタ』を抜き、全出版物最高部数) 6月58巻/310万部 8月59巻/320万部 11月60巻/340万部(マンガ単行本史上初の累計2億冊突破) 2011年2月61巻/380万部(累計2億2千万部突破)
β)「週刊少年ジャンプ」マンガ誌退潮の中『ONE PIECE』でやや伸長(10年10~12月平均293.5万部) 10年9月4週休載中部数減(5~6万部)、単行本売上伸長 2010年日本の「コミックス」(単行本・雑誌扱い含む)前年比1.8%増 2315億円(41億円+)
〈増加の要因はなんといっても『ONE PIECE』60巻ある既刊全てに複数回重版がかかり、2010年1年間で発行された部数だけでも3960万冊[略]。巻数が長く、なおかつ部数の大きな作品が大ヒットすると、市場全体に与える影響は非常に大きい。[略]仮に『ONE PIECE』が2010年にこれほど部数を拡大せず、2009年と同数程度の発行数としてシュミレートすると、コミックス全体では約2%程度のマイナスとなる。〉同誌6p ※たった1作品で前年比+になる「異常さ」
b)過去のマンガ単行本初版発行部数 データ 「出版月報」、「創」の過去のマンガ特集号より
1995年(出版市場ピーク時) 『SLAM DUNK』23巻/250万部 『DRAGON BALL』40巻/180万 『H2』14巻/125万 『金田一少年の事件簿』13巻/150万 「週刊少年ジャンプ」600万
96年出版バブル崩壊
97年 「ジャンプ」405万 「週刊少年マガジン」415万 逆転
00年 363万 380万 再逆転
03年 『ONE PIECE』27巻/263万 『名探偵コナン』40巻/140万 『バガボンド』16巻/180万
05年 『ONE PIECE』37巻/223万 『NANA』14巻/230万 『バガボンド』21巻/141万
08年 『ONE PIECE』53巻/250万 『NARUTO』45巻/153万 『BLEACH』33巻/126万
09年 『ONE PIECE』57巻/300万 『のだめ』22巻/110万 『名探偵コナン』64巻/86万部
10年 「ジャンプ」288万部
※「ジャンプ」巻き返し後、集英社、とりわけ「ジャンプ」ブランドの圧倒的好調と小学館などの単行本部数減が対照的 単行本棚面積争奪戦での長期連載ヒット作の有利さ
※『ONE PIECE』がいかに化け物的部数を実現したか →有利な棚を占拠したか →多様性喪失
※単行本売上に比して雑誌発行部数は前年比割れを続ける
※日本のマンガ市場の60%を集英社、講談社、小学館が占めるといわれる寡占状態
c)なぜ、『ONE PIECE』は2010年に「ブーム」となったか?
メディアの露出の高まり →「驚異の部数」情報+α 読者層の拡大「ジャンプ」部数減→雑誌の威力より他メディア展開の情報戦略的側面が強いが、以前として「ジャンプ」ブランドの広報効果は大きく、情報流通力は大きい
「少年マンガの王道」といわれるが実際の読者層は1/3ほどが成人といわれる
じつは、2010年に増加した購買層は、「帰ってきた読者」+「情報から参入した読者」?
[表1]『ONE PIECE』年表 学習院大学院夏目ゼミ学生による同人誌より
年表横欄=単行本刊行年月日 縦欄=麦わら海賊団、海賊たち、海軍、扉絵、回想 各集団及び扉絵への再登場(サイドストーリーの暗示)、登場人物の回想(人物設定深化)の項目ごとに、主要登場人物の再登場の頻度を、単行本巻数に沿って時系列に年表化
作品戦略
元「優秀なジャンプ読者」であり『DRAGON BALL』ファンでもある尾田は、単行本読者欄の充実など読者確保戦略にたけ、少年誌向け倫理を固持。同時に「ジャンプ」読者が、ほぼ4~5年周期で入れ替わる(卒業する)ことを熟知 → 97~02年で一巡?
「空島編」単行本24~32巻(02~04年) 単行本初版部数も減?
○「ウォーターセブン&エニエス・ロビン編」34~45巻(04~07年)後半で再登場増加
○その後「スリラーパーク編」46~50巻(07~08年)は趣味に走った印象?
○「シャボンディ諸島編」51~53巻(08~09年)末→「インペルダウン&マリンフォード編」54~60巻(09~11年)初めにかけて大量の再登場 →話題提供 →過去の読者の帰還? 話題の波及
「ジャンプ」佐々木尚編集長談
〈スリラーパーク編というのが一時落ち込んだのですが、その次の2008年のシャボンディ諸島編が始まったあたりから内容がバンバン盛り上がっていったという感じですね。/尾田栄一郎先生のすごいのは、『今からものすごく面白くしますから』と宣言して、本当に面白くなっていくところです。〉「創」2010年6月号 篠田博之「特集 マンガはどこへ行く」30p
「空島編」で離れた読者は多いようだが、物語の構造もここで変化 横→縦へ 「神」の登場
島村仮説の紹介 「神」は宇宙に飛び扉での再登場のみ 再び横の「絆」の物語へ戻る 水平→垂直→水平構造
d)出版不況の中での『ONE PIECE』ブームの背景
マンガを買う、読むルートの変化 雑誌→単行本から他メディア(TV、映画など)→単行本へ
長いメディアミックス戦略の歴史の中で、90年代からマンガの占める中心的位置は相対化され、他メディアの中のワンノブゼムに 逆に他メディアに情報を流通させたコンテンツが有利
○読書習慣、流通の変化
[表2] 「創」前掲号28p マンガ誌と単行本の売上推移 04~05年に単行本売上が雑誌を追い抜く
雑誌を読まず単行本だけを読む習慣の定着 メディア情報とネット話題の中で読者層拡大
書店棚を占拠する売れ筋単行本(ベストセラーのみが大きく売れる構造)
○出版流通構造の変化
96年のバブル崩壊(それ以前に80年代郊外型大型書店の増加 87年ピーク)→出版部数増加→郊外型大型書店崩壊→大量の返品→不況→一点あたりの部数を減らし、出版点数を増やす出版社→書店に置ききれない点数増加→書店の対応限界→売れる本を並べるために他の本を駆逐→圧倒的ベストセラーのみが並び、中間的な多様な商品が売れなくなる環境→出版不況の構造的深化(多様性の喪失) →都市大型書店化、コンビニ販売の増加、ネット書店など、流通構造の変化
[表3]小田光雄『出版社と書店はいかにして消えていくか 近代出版流通システムの終焉』ぱる出版99年 29p 資料4「書籍・雑誌小売業の店数、年間販売額、売場面積(『新文化』98.4.16) 売場面積 85年/170万平米強 97年/315万平米強
○出版点数と書店棚面積の関係
マンガ単行本新刊点数の推移 「出版月報」2007年2月号「コミック市場2006」、2009年11月号「いまコミック産業に何が起きているか ~30年間のデータから見えてきたもの」他 90年/4621点 99年/7924点 06年/10965点 10年/11977点
売上 2002億円 2302億円 2533億円 2315億円
[表4]「出版月報」09年11月号の「コミックス市場(表①)」を見ると、前年比+を続ける点数に対して、販売部数、金額ともに前年比割れを続けている
[表5]同上07年2月号「コミックス出回りデータ」 返品率 91年/17.6% → 06年/27.4%
※マンガの点数増加については94年、印口崇がすでに書店現場から警告を発している(「コミック・ボックス・ジュニア」94年7月発行号「まんが1993・1994」
○『ONE PIECE』を巡る問題は、日本のマンガ出版とマンガというメディアの現状を映す 出版流通構造、メディア連携の変化