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夏目房之介の「で?」

毛利甚八『白土三平伝 カムイ伝の真実』

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毛利甚八『白土三平伝 カムイ伝の真実』(小学館)が刊行された。
『決定版カムイ伝全集』に時折載っていた「白土伝」14回分に加筆修正し、さらにほかのルポやエッセイをあわせ、最終的に白土本人と読み合わせて仕上げた本だという。

白土三平については、四方田犬彦『白土三平論』(作品社 2004年)があるが、こちらは作品論中心。白土は、ほとんど会うことも難しい作家で、直接長期取材しての評伝は、おそらくこれが初めてだろう(四方田も白土には会っているはずだ)。マンガ研究にとって貴重な資料である。

毛利さんとは、ともにライターだった時代に知り合った。とても真面目な人だ。マンガ原作者としても『家裁の人』で知られる。初めて会ったのは、亡くなった岩戸佐智夫からの紹介だったと思う。しばらく会わないでいるうちに、彼は白土に「弟子入り」のような状態となり、白土のもとを訪れ、一緒に魚を釣ったり、まるで『カムイ伝』に出てくるような自然相手の暮らしを教わっていたらしい。その心酔ぶりは本書を読めば明らかだが、そういう書き手でなければ立ち入れないところまではいって、白土の生い立ちや戦後の政治過程との関係までを描き出してくれる。同時に、書いてしまうことで白土から出入りを禁じられるのではないかという不安についても話していた。そういう微妙な心理も映した、愛情あふれる本だ。

研究者として興味をひかれる部分は多くあるが、プロレタリア芸術家だった白土の父の文化政策をめぐる日本共産党との行き違いと、白土の父への反発についての記述は、日本の政治過程と白土作品の関係を見る時重要な背景だろうと思う。
白土自身の言葉として〈親父は芸術が政治に従属すると、芸術は堕落すると考えていたんだ。〉(68p)といい、共産党入党を父に相談すると、父は〈政治家になって革命をする気なら入党してもいいだろう。ただ絵描きになるなら入党しないほうがいいぞ、俺もいろいろな面で苦労したからな〉(78p)といったという。「血のメーデー」に参加した52年頃の話らしい。それに対し白土は〈親父の言葉は正しかったと、今は思う〉(同上)と語っている。こうした記述は、日本の戦後マンガと戦後思想ことに左翼思想との関係を示す示唆的なものだし、マンガ言説の勃興に寄与した作家・白土の作品形成にも重要な資料となる。また、「血のメーデー」に参加した白土自身の観察も生々しく回想され、それが『忍者武芸帳』や『カムイ伝』に役に立ったと語られている(76p)。
忍者物については〈忍者ものは五味康祐の『柳生武芸帳』を貸本屋で借りて読んで、こういう世界もおもしろいなぁと描いてみたものだった〉(85p)との証言があり、また立川文庫を読んでいたことも述べている。ただ、具体的な忍法の内容に幼少期の自然相手の格闘などが生き、独特な白土忍法を生みだした側面も確認できる。忍者物が、小説、マンガ、映画によってブームとなったとき、戦前からの尊王思想の復活から反権力思想の反映、戦後のニヒリズムの投影など多くの戦後的な特徴が、GHQ規制からの解放とともに盛んになった時代劇物として表面化したと思われる。白土マンガは、その中でも忍者に反権力行動を見るアクティブな思想として、あらためて見ることができるだろう。それだけに、白土が数年の沈黙をへて「神話伝説シリーズ」へといたる70年代の、日本の歴史的思想的変化との関係もまた興味深い。

白土三平という、戦後マンガ史において重要な位置を占める作家についての直接取材をもとにした、こうした評伝が出てくれたことに感謝したい。

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