3)

 集団的なトラウマを表現した日本マンガに、終末後の世界とメカというジャンルがあります。

 なぜこれらのジャンルはBDにないのでしょうか。フランスのBDはなぜ、それらが苦手なのでしょう。

 BDは長いこと検閲によって無菌状態におかれ、暴力的なこと、劇的なことを描けなかったのです。早稲田のセミナーでも話したようにBDには厳しい検閲があり、暴力や死が禁じられていましたが、これらなくしてトラウマの表現は難しかったのです。対して日本マンガはほとんど検閲を受けませんでした。

トラウマの直接的表現はしかし読者の目をそらしてしまいます。抑圧されたトラウマは直接にではなく、別の形で表現する必要があります。『マウス』でいえば、登場人物の擬人化がそれにあたります。ユダヤ人はネズミで、ナチスは猫というように。おそらく人間で描かれたら読者の反応は異なり、激しいショックを受けたでしょう。擬人化は物語の中に距離を置く方法のひとつです。

話を別の世界に置き換えるというのはSFもそうです。フランス人にとってもっとも大きいトラウマは第一次大戦ですが、ジャーク・タルディ『何という戦争!(PUTAIN DE GUERRE!)』というBD[図像映写]は、距離を導入するという手法を使わないで、第一大戦の死を忠実に描き、史実をそのまま直接描く方法をとりました。これは読者に大きなショックを与え、商業的にはあまり成功しませんでした。

 

SFマンガで距離を置いた例、集団的トラウマを別の形で仮想的に表現できた例として木城ゆきと『銃夢』(仏では『Gunnm』、米では『Battle Angel Alita』)をとりあげます。この作品はフランスでも大変売れました。

この作品は、明治以降の日本の歴史をとてもよく映し出しています。ただし、作者にとっては無意識のものです。今日お集まりの方で『銃夢』を読んだことのない方はおられますか?[会場、ほぼ全員が読んでいた] それでは、大体お話はわかっていると考えていいのでしょうか。

『銃夢』は、アングロサクソン系白人に支配される空中都市ザレムと、その他の人種(黒人、黄色人種、アングロサクソン以外)が混合する地上、クズ鉄の世界に分かれています。かつてザレムの支配に反抗して反ザレム運動があり、その指導者DENはサムライ、すなわち日本人として描かれます。反乱軍は一時勝利しますが、未知の武器によってザレムが勝利します。個々の話を見れば、ここに日本の無意識の何が表現されているかがわかります。

まず1930年代以降の日本の意識、つまり帝国主義です。大東亜共栄圏を夢見た、被抑圧民族代表としての日本。

作品には3人の日本人と思われる人物が登場します。主人公の少女ガリィ、イド・ダイスケ、DENです。彼らに共通するのは、痛みを伴うアイデンティティの問題を抱えていることです。

ガリィは記憶喪失で、登場時は頭だけでした。物語の最後には彼女が日本人ヨーコであり、敗戦の記憶を持つことがわかります。イド・ダイスケは医師で賞金稼ぎの殺人者であり二面性があります。つまり平和と戦い、戦闘者の二面性です。DEN=カオスは平和主義的人物として描かれます。日本人は全員、平和主義と戦闘者(好むか強いられるか、いずれにせよ)の二面性、二項対立として登場します。

もうひとつの二項対立はザレムと鉄屑側の支配・被支配です。イド・ダイスケははじめザレムにいましたが追放されました。DENは地上人の中では力が強く、反乱を指導します。イドは白人世界から追放された者で、DENは白人以外の人々をまとめる者です。これは西洋と東洋の間で揺れ動く存在としての日本をあらわしています。

日本人の集団的トラウマは、負けた記憶=敗戦と、西欧世界に居場所をみつけることができず、またアジアの隣国からアジアの一員として尊敬されることに失敗した記憶です。もうひとつは戦後の平和主義と過去の矛盾です。

ガリィの人生は四つの時代に分かれます。

①賞金稼ぎの殺人者の時代。

 鉄屑側の中にいて、自分の周囲の生活者を殺す。

②モーターボールのチャンピオンの時代。

 有名になって裕福になる。

③ザレムの傭兵、雇われた殺人者の時代。

 世界を支配するアングロサクソンの手先で、世界支配の手伝いをする。

④サレムに反抗する者の一員の時代。

 ①~④の各段階は日本史の次の4段階に呼応しています。

①帝国主義時代 アジアを攻撃、侵略した記憶

 ガリィのせいで無実の罪で死ぬ者もあらわれ、自分のアインデティティを獲得できない。

②敗戦後の高度成長期

 モーターボールで豊かになり、存在理由(レゾンデーテル)を探し始める。ガリィも自分の存在意義に悩みを深める。

③日米同盟期(ベトナム戦争への加担)

 ザレムの工作員となる。

④1980年代(日本と欧米諸国の緊張関係)

 反乱は悲しい結末=ノヴァによって完全に破壊される。この時期、日本にはネオ・ナショナリズムが台頭し、欧米では日本バッシングがおきた。

 SFマンガには、救われない隠されたテキスト=日本が経験したトラウマ、日本近代の不幸な歴史が表現されているのです。昔話同様、そこには幸福な終わりが用意されます。

 ガリィは、世界を救うというアイデンティティを見出し、世界の中に自分の居場所を発見します。ザレムの支配は終わり、エコロジックなよりよい世界が実現し、最後のシーンにはガリィと花が描かれます。『銃夢』は子供のためのものではないが、昔話が子供のトラウマを内包しているとすれば、ガリィが存在理由を見出すことができた人生は、大人にとっての童話・昔話なのです。木城ゆきとは、彼の知らないうちに集団的なトラウマを表現したといえます。

 フランス人やアメリカ人は、このようなBD、コミックスを作り出せなかった。こうした解釈は大げさだと思う人もいるでしょう。その点についは議論してみたいと思います。質疑に移りましょう。

註1 マンガ・ネットワークのHP

http://www.ceri-sciencespo.com/themes/manga/index.php

註2 WHAT MANGA SAYS ABOT DEMOCRACY  A study of three “POLITICAL FICTION”bestsellers of the 1990’s

  20th IPSA WORLD CONGRESS FUKUOKA,JAPAN 9-13JULY 2006

POPULAR CULTURE AND FOREIGN POLICY A study of four MANGA bestsellers of the 1990’s

  Public Opinion and Foreign Policy: Euro-Asian Cross Persepectives  A Sciences Po-Fudan-London School of Economics Conference  October 2006

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夏目 房之介

夏目 房之介

72年マンガ家デビュー。現在マンガ・コラムニストとしてマンガ、イラスト、エッセイ、講演、TV番組などで活躍中。

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