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夏目房之介の「で?」

映画『フロム・ヘル』を観た

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日曜は奥さんの家でジョニー・デップ主演の映画『フロム・ヘル』を借りてきて観た。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD32589/index.html

アラン・ムーア原作のコミックが映画になっていたのは知っていたが、先日原作を読んでハマったので、観てみたかったのだ。あんな複雑な映画をどう映画化したのかと思ったが、ほぼ主人公不在みたいな(まあ、殺人者であるサー・ウィリアム・ガル博士が主人公といえば、そうだが)原作と違い、原作では凡庸な警部を予知能力のあるアヘン中毒の敏腕警部(ジョニー・デップ)にして、謎解きミステリー仕立てにしていた。これはこれで面白い、よくできた映画だと思う。2時間、飽きずに観られたし。でも、原作読んでいると、映像では暗示しかされない部分とかも推測できて、より面白かった気はする。奥さんは二度目だそうだが、二度目でも面白く観たそうだ。

ところで「切り裂きジャック」については、大昔中学生のころに本で読んだ程度の知識だったが、奥さんは何冊か本を持っていて、それをパラパラ読んでみたら、実在のガル博士は、じつは事件当時脳卒中で倒れ、半身不随で、とても手術的殺人なんかできる状態ではなかったらしい。アラン・ムーアの原作は、のちに関係者の孫と称する人物が語ったことをもとに、フリーメーソンと王室の陰謀説に仕立てた相当怪しいベストセラー本が元らしい。

事件は1888年に起き、当時の大衆向けゴシップ・タブロイド紙のイラスト記事も本に載っていて、なるほど、イラスト新聞っていうのが、こうした猟奇事件を大衆化させたんだなと感じさせる。引用された画面だけで見ると、明治初期の錦絵新聞に酷似した印象で、大げさな身振りで殺人を発見した人物が描かれていたりする。こういうのを見て、警察に大量の自称ジャックが投稿したり、おそらくは類似犯罪も起きたんじゃないかと思う。20世紀に続く社会現象の一つだったんだろう。ユダヤ人差別や社会主義への不安もからんでくる。
ちなみに、ロンドン亡命中のマルクスは1970年代に「資本論」を書き、事件直前の1883年に死亡している。

さらに、この10年ほどのちに、米国ではピュリッツアーとハーストのゴシップ新聞の売上競争があり、その中で大ヒットした「イエロー・キッド」が、米国のコミックの元祖とされるに至る。「イエロー・ジャーナリズム」の語源になったというのも有名な話。大衆メディアが社会現象を作るという意味では似ている。
また、原作と映画で事件にからむ大英帝国最盛期の女王ヴィクトリアが亡くなるのは、この事件から十数年後の1901年1月。当時、ロンドンに留学中だった僕の爺さんが行列を見学にいっている。まさに、大英帝国の日没の直前に起きた殺人事件で、まるで予兆のような不安を社会の上流階級は感じたのかもしれない。その後、20世紀には完全に英国は米国にその座を譲ることになる。漱石は、えらい時代のロンドンを目撃したわけだ。そりゃ、これが文明なら江戸の残る東京のほうがいいと思っただろうね。

てなことを夫婦で話していたら、午前2時になってしまったよ。おまけに、変な夢を延々と見るしね。ジョニー・デップはじつに楽しそうに演じていてよかったよ。

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