夏目房之介の「で?」

アラン・ムーア、エディ・キャンベル『フロム・ヘル』(みすず書房)

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ずいぶん前に英語版は買っていた。けど、何せあの絵、一色で暗~~~~い印象、独特のコマ構成・・・・・、チラ見しただけだった。むろん英語で読む能力はないし。
日本語が出るとは思ってなかったけど、出た。世界的に評価の高い作品だし、一応買っとかないとと思って買ったものの、多分少し読んで投げ出すだろうな・・・・というのが正直なところだった。

それが、読み出したらまるで渦に巻き込まれるかのように落ち込んでしまい、2巻にわたる、テキストのやたら多い本を、わずか3日で読んでしまった。いや、たしかに昨日グルンステン『マンガのシステム』を読了したこともあるが、それにしても昨夜はまだ1巻の最後を読んでいたのに、朝4時までかかって2巻を読んでしまったんである。
ひえ~~~。この忙しい時期に、鍼灸までして調整したのにぃ~~。

恐るべき魔力のある作品である。
なるほど、名作といわれるはずだ。
主題は、19世紀末ロンドンを騒がせた「切り裂きジャック」事件。
最初はごく現実的な描写が続くのだが、次第に神秘思想を読み解く伝奇物の様相を呈し、ロンドンに五芒星が現れるあたりで、日本だったら京都を舞台にした伝奇幻想物語になるだろうと思わせる。その媒介が建築っていうのが、また・・・・。圧巻は、作中で犯人とされる御典医でフリーメイソンのガル博士が、最後の殺人に向かって徐々に異常をきたし、ついに幻視から実際に時空を超えてゆく圧倒的な描写。途中、なんども止めて眠ろうと思ったけど無駄だった。

多分、僕にあの時代の英国の知識、「切り裂きジャック」事件の知識などがあれば、もっと面白いだろうし、もっと感動したんだろうと思う。でも、そういうのがなくても、この作品には読者を暴力的に運ぶ力がある。
思想史的な描写も多く、とくに社会主義者と中産階級、上流階級の構図は興味深い。実在人物やセリフの断片、お互いの態度などで「ああ、きっとこうだったんだろうな」と思わせる。近代思想史をマンガ化した『「坊ちゃん」の時代』シリーズを彷彿とする手法で、ヴィクトリア女王、エレファントマン、オスカー・ワイルド、イェーツなどが縦横に登場し、近代の魔術師アレイスター・クローリーまで出てくる。

読んでいて、ずっと思ったのだけど「この引き込まれ方って、懐かしい小説のそれだな」って印象だった。僕が同じように小説世界に引き込まれたのは、もうずいぶん前で(最近読む余裕がないのだ)村上春樹や矢作俊彦あたりが最後だったかもしれない。
それはテキスト中心に読む前半の影響かなとも思うが、それだけじゃない気がする。

それにしても、みすず書房が「マンガ」を出す時代になったのだね。
国際シンポの前に読めてよかったかも。

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