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夏目房之介の「で?」

学習院・現代学入門「マンガと暴力」終了

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 多くの先生がそれぞれの専門から「暴力」について講義する試みとしての「現代学入門」というコマがある。僕は、昨年3コマ、今年は2コマを担当し「マンガと暴力」について話した。今まで、扱ったことのないテーマで昨年は苦労したが、おかげで凄く勉強になったし、同じテーマでさらに考えをまとめたかったので、今回も同じ材料を使って、コンパクトに、わかりやすくやろうと思ってレジュメを書き直した。ポイントを箇条書きしたフリップも加えた。
 今年の講義は、11月5日と12日の二日間。ゆっくりと、かみ締めるように話し、昨年より余裕をもって講義できたと思う。初日のリアクションペーパー(出席確認と感想)を読んで、学生の多くが、正面から話を受け取ってくれたように感じ、やってよかったと思った。多分、昨年よりはうまく話せたのだと思う。

 講義は、まず「暴力とは何か」という問いかけから始め、格闘技やある種のスポーツは暴力なのか、メディアに作品として再現される「暴力」はどうか、などを問いかけた。その後、思春期、青年期の課題としての「性と暴力」が歴史的に前面化してきた話から、戦後マンガの青年化と『デビルマン』の暴力描写、『ザ・ワールド・イズ・マイン』の、全世界と同じ質量を虚構に持とうとする欲望と、そこでの暴力描写を提示。
 女子学生たちの顔には、明らかな怯えや嫌悪が見られ、衝撃を受けたことがリアクションペーパーからも伝わってきた。また、「マンガの暴力描写で事件が起きている」式の認識も複数ある一方、マンガと社会の関係に気づいた人、歴史や文化の中で暴力の捉え方も違うことに驚いた人など、興味深い反応が多かった。嬉しかったのは、かなりの学生が自分なりに考えようとしていることが伝わってきたことで、「これからも考えたい」という言葉も目立った。

 二日目は、初日のリアクションペーパーについて少し語り、数人の発言を簡単に紹介。格闘技をやっている学生の、格闘技に対する他人の言葉に「暴力」を感じるという感想は面白かった。彼は「もっと過激なルールにしろ」とか「誰々は弱いからクズだ」的な無責任な発言、あるいは格闘技を知らない人の「暴力だから禁止すべき」などの発言に「暴力」的なものを感じていた。そして、実際には暴力を知らない人が自分とは全く関係のないものとして「暴力」を見ていることに危うさを感じている。この反応は「暴力」というものが、常に与える者と被害者に簡単に分かれるものではなく、相対的で双方向なものでもありうることを話したいと思っていた僕にとって、ありがたいものだった。

 講義に入る前に、初回で話した、「欠乏」を前提にした「理想」の時代から、「欠乏の欠乏」を前提にした「虚構」の時代への変化について、たまたま「マンガ夜話」のために読んでいた『リアル』を、補足的に少し紹介。自分がAランクだと思っていた少年が事故で半身不随になり、非現実的に思える、受け入れられない状態の中で、感覚のない下半身だけに「リアル」を感じる場面。この場面は、数巻あとで、欠けることで前進できるってこともある、というセリフで、とりあえず応答される。ここに『リアル』のひとつの主題がある・・・・。この話には、意外に多くの学生の反応があった。やっぱり好きな人が多いのだ。
 二日目は、『ザ・ワールド』の後半部と、作品が現実の暴力事件とむすびつけられる言説に対する考え方、見えない「暴力」としての『秘密』。見ること、見られること、見たい欲望などについて、ネット時代さらに進むまなざしの「暴力」について語った。だんだんのってきて、最後は時間を忘れ、チャイムで話を断ち切るはめになった。のってきた分、話が多岐にわたり、あるいは混乱した人もいたかもしれない。
 リアクションペーパーには、マンガと事件をむすびつける傾向への疑問、現在行われている事件報道の過剰さへの疑問、『秘密』をめぐる話題への反応が多かった。とても手ごたえを感じる結果で、とくに僕の他の講義をとりたいと書いてくれた人がけっこういたのも嬉しかった。来年度は、テーマを変えて「恋・愛・性」になる予定。

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