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夏目房之介の「で?」

『「はだしのゲン」がいた風景 マンガ・戦争・記憶』(梓出版社)読了

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いやー、ずいぶんかかっちゃいましたが、大変参考になる論文集でした。
とくに、『はだしのゲン』の受容と表現を折り合わせた形でまとめ的に書かれた第八章、吉村和真「『はだしのゲン』のインパクト -マンガの残酷描写をめぐる表現史的一考察 -」は、マンガの表現の歴史を素描しつつ、そこで描かれる「残酷」「死」を、最近の宮本大人の仕事(のらくろ論)や「傷つく身体」(大塚英志)とからめて論じ、『ゲン』をより開かれた場所から位置づけなおそうとしている。マンガについての、より大きな枠組みの多角的な観点を提起しようとする労作であります。
第七章、山中千恵「読まれえない「体験」・越境できない「記憶」 - 韓国における『はだしのゲン』の受容をめぐって -」も、マンガの世界化現象を見る視点を問う、非常に刺激的で興味深い報告と論考でした。なるほど、韓国という文脈ではこうなるのか、という驚きと、いわれてみればたしかに・・・・という側面がともにあり、自分の視覚がいかに「日本」でしかないのかを、あらためて感じさせられます。

こういう形での共同研究的成果というのは、まだあまりなくて、この本は現時点では貴重な先行した成功例でしょう。また、執筆者のうち〈マンガ研究を専攻する者は一部であり、他のメンバーは社会学、メディア論、教育学、近現代史等を固有のディシプリンとして〉(福間良明「エピローグ」)おり、そのことが効果的な結果を生んだ例でもあると思われ、その意味で、マンガ研究の可能性を示唆するものになっているんじゃないでしょうか。

http://www.azusa-syuppan.co.jp/gen/gen.html

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