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夏目房之介の「で?」

辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』下、お、お、面白いのだあ!

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辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』下(青林工藝舎)。

0812

いよいよ貸本マンガの短編集ブームの中で「子供じゃない、もう少し上の読者」を意識した表現を模索する辰巳(作中では勝見)らが「劇画工房」を名乗り、大阪、名古屋、東京の版元から編集を依頼され日の丸文庫と対立してゆく過程が描かれる。が、その後半部は貸本の急速な退潮と重なっていく。
辰巳は、この過程で翻弄され、新しいマンガとしての「劇画」への思いと、煩瑣な実務仕事や人間関係の中で引き裂かれ、疲弊してゆく。そのとまどい揺れる心理がじわじわと描かれる。辰巳の実兄・桜井昌一の『僕は劇画の仕掛人だった』のマンガ版であると同時に、それを補足し、別の視点から見せてくれる。
劇画の成立過程は、戦後マンガ史の大きな転換点で、僕などにはもう資料としても興奮するし、自伝マンガとしてもむちゃくちゃ面白いのである。習性で付箋を貼っていったら、写真のようになってしまった。何となくそうかなと思っていたことを確認できる場面もあれば、全然知らなかったこともあり、原稿料の話や仲間内での劇画イメージの違いなども興味深い。マンガの話以外に、そのときどきの時代背景の描写や、女子高生との恋(?)の、ちょいと生々しい描写もいい。

それにしても、せっかく12年かけて連載して、これだけの力作になったのに、何でここで終わっちゃうんだろう。もったいない。
大変な労力が必要だったろうとは思う。最初は、自分と実兄だけが偽名で、他の登場人物が実名なのがヘンな感じだったが、読み進むにつれて、そういう距離感をもたないと描けなかったんだろうなと思える。相当の心理的負担があったのかもしれないと感じる。でも、読者の勝手をいえば、これ、是非とも描き続けてほしい。
中野晴行の解説に〈この後、自ら貸本マンガの出版に乗り出した勝見ヒロシの孤軍奮闘と、つげ義春らとの交流、そして遂に滅んでいく貸本出版界が描かれるはずだった〉(同書413p)とあるが、そこを読みたい。ぜひ、読みたい。時間置いて再挑戦してくれないだろうか。同時期のトキワ荘を中心に描いた『まんが道』シリーズに並ぶ自伝マンガになるだろうし、辰巳の後期代表作になる可能性だってあるんじゃないだろうか。
お願いしまあ~す。

あ、それからすでに買った読者諸君は、ぜひともカバーを外してみてください。
貸本マンガの場面がたくさん見られます!

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