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夏目房之介の「で?」

現代マンガ学講義20 視線誘導論(5)

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08.11.13 現代マンガ学講義20 視線誘導論(5) 視線誘導の歴史性と認知

1)  視線測定装置による実験例

NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] 展示/シンポジウム/ワークショップ 「記録と表現―アーカイブを作る・使う」 2003年10月10日~11月24日 「まんがの文法を知るための実験室」夏目房之介+大野健彦(NTT CS研) 来館者に複数のマンガ画面を固定した視線測定装置で覗いてもらう実験

 例図 『ブラックジャックによろしく』『怪物くん』『桜蘭高校ホスト部』『あたしンち』『ヘルボーイ』

    人物、頭部、吹き出し、ナレーション、音喩など、画面上のモティーフの領域を区画し、視線の滞留と動きを定式化するよう試みた(データの有意性の洗い出し

    『BJによろしく』『怪物くん』などに、定形的な視線のパターンが見られた

    実験の条件設定の難しさと多くの課題

2)  認知的な見方

例図 人間は1歳以前でも一定部分を注視する 一ヶ月の赤ちゃんは、最初に目にした四角形の角に集中し、二ヶ月の子は内側の箱二つを比べるように走査する(サラパテック 75年) ロバートL.ソルソ『脳は絵をどのように理解するか -絵画の認知科学』新曜社 97年 157p

例図 写真と彫塑の絵で、被験者が3分間観察した注視と眼球運動の例(ヤルプス 67年)

視線の動きの記録だけで、対象の形がわかる 目、鼻、口への停留 同上159p

    「観察せよ」という指示による視線の走査と思われる

例図 複数の人物と部屋の絵に、命題を与えて観察させた場合の例 同上 160p

1.  絵を自由に見たときと、2.経済状態、3.年令、4.訪問客がくる前に何をしていたか?、5.着ているものの記憶、6、人々の位置の記憶、7.訪問客がこの家族とどれだけ会っていないか?  (ヤルプス 67年) ※「物語」を見ようとするときの視線走査

人間の生理学的な条件と脳の基礎能力=人類史と同じ発生の「本能」的な感覚現象として仮定 「命題」を与える→ある「物語」を見よう(読もう)とするバイアスは「どこに注視するか」を変える

脳科学 認知的な考え方の相対化

絵画や音楽を識別するのは人間の認知能力に固有だと思い込んでしまうこと

ハトがピカソ系の抽象画とモネ系印象派の絵を認識区別できる実験例(「名画を見分けるハトの脳」 立花隆『脳を究める -脳研究最前線』朝日新聞社 96年 177p~ ) 音楽でも同様の実験例がある

 ただしハトは認知記憶した図版を、そのまま記憶し、人間は記号化、抽象化して記憶する(三角形を構成する6つの点の配置を崩した図形で記憶させると、ハトはきちんとした三角形からさらに崩した形までの段階的図版のうち、同じ崩し程度のものに最も強く反応するが、人間は記憶した図形よりもきちんと配置した三角形に強く反応する)

人間とハトの違い

→ハトは二次元平面の図から立体を構成できないが、人間はできる

 ハトと違い、人間は対象を単純化したものほど記憶できる(原型抽出能力

→人間は変形されたものを見て元の形を補って見られる(補完能力

↑マンガと関連する人間の認識にかかわりそうな要素

ただ、認知、脳科学は、そのままマンガ研究に活かすには、かなり基礎的で条件設定が難しい

3)  歴史としての「顔」への注視

思想史的な相対化 「似顔絵」は近代の成立 →近世では家紋、服装、アダ名など、ほかの要素で人物を特定

吉村和真「〈似顔絵〉の成立とまんが -顔を見ているのは誰か-」 ジャクリーヌ・ベルント編『マン美研-マンガの美/学的な次元への接近-』醍醐書房 02年 99p

例図 歌川芳虎「道外武者 御代の若餅」1849(嘉永2)年 猿面の秀吉以外は無個性な顔 →写真、肖像の新聞メディアでの周知、居留地外国人による「似顔絵」の影響→近代日本「似顔絵」の成立(近世の「見立て」的人物想定から写実的似顔へ) 例図 本多錦吉郎 同上111p →記号的に単純化、戯画化された似顔へ(岡本一平、手塚治虫らの「マンガ記号説」へ) 例図 岡本 120p (岡本=性格、内面まで描く必要性=モダンの成立) 

〈「どのように読み取ろうとしたのか」という点に着目するならば、「まず顔を見る」という「視線の流れ」や、「しっかり顔を見る」という「視線の強度」に基礎づけられた読み方が、漫画[風刺画、一コマものを指す]のみならず、むしろマンガ[戦後のストーリーマンガ]においてより日常的に、しかも複雑に行われてきたと言えるだろう。[]その意味では、「まず顔を見る」という「視線の流れ」を身に付けた読み手と、「その人物が何者であるか」を示すための役割を顔に託す描き手が、鶏と卵の如く連環することによって、そこに描かれた顔は「マンガらしさ」を獲得していくのだ、と言うことができる。〉同上 125~126p

「顔」を視線誘導の要因とする「読み」の歴史性 

「物語」の画面における方向性・時間流の歴史性

「物語」的に絵を「読み取る」欲望の文脈の歴史性

認知的な視線=「読み」の運動と、思想史としてとらえる場合の「視線」と「読み」の二重化 ※認知科学的な人間の感覚の「普遍性」だけでは終わらない問題があること

次回以降 近代以前の視線誘導(絵巻物、黄表紙など中世~近世の表現) 「起源」とコマの成立(コマという様式の歴史性 コマの発見へ(視線誘導→コマ論

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