夏目房之介の「で?」

宮本せんせの『ぽにょ』感想、素敵だ!

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宮本大人氏の「みやもメモ」に

「どきどきのような!ふしぎのような!-「崖の上のポニョ」について」http://d.hatena.ne.jp/hrhtm1970/

というエントリがありました。基本的に、僕も彼の感想を支持します(つか厳密にいうと、彼のお子さんの感想を支持したい・笑)。ここまで色々書く情熱はないけど、これでいいと思うな。ほとんど代弁してくれたって感じで。

宮崎駿って、とにかく色々否定的にいいたくなる人々を作り出してしまったところがあって、いろいろいわれることの中味は、いいたい人々の中に因があることも多かろうなと思うのですが、またどっかで宮崎アニメって言葉をひきだしたくなる要素を持ってるのかも、とも思います。宮崎アニメそのものの流れと別に、宮崎アニメを観続けてきた人々の言葉や印象の流れってのがあって、それにつかまっている人も多い、ってことなのかも。

そう思うと、少なくとも『ポニョ』は、もっと単純に観て、面白がっていい映画で、宮崎さんもそれを望んで作っただろうと思われます。でも、そうなりきれているかっていうと・・・・ってのはあるけど、イイんじゃないでしょうか。ねえ?

宮本氏の感想は、「キャラ」「キャラクター」論も援用して、手塚論にもつながっていて、興味深いです。

一方で、竹熊健太郎氏のような感想もあるわけですが、こっちはこっちで賛同はしないけど竹熊芸になってしまっているので、面白かったりして。比較して読むといいかも。

たけくまメモ「パンダとポニョ」(3)

 http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_746c.html

Comment(3)

コメント

HNK

>そう思うと、少なくとも『ポニョ』は、もっと単純に観て、面白がっていい映画で、宮崎さんもそれを望んで作っただろうと思われます。
ははあ、宮本さんも夏目さんも同じトリックにはまっていますね。
いわゆる宮崎アニメについて論ずるときにインテリの皆さんが必ずはまってしまう罠。それは宮崎作品を論じているつもりが「宮崎さん」というキャラに振り回されてしまうのです。
これまでの作品にくわえ作者そのひとが二十年にわたって世に露出し続けた結果、「宮崎さん」というキャラができあがってしましました。だから新作を見てわけがわからなくても頭の中で「宮崎さん」のオーディオ・コメンタリーが聞こえ出すんですよ。
でもそれは理解というよりは刷り込みですよね。
思うに宮本氏はポニョやフジモトのキャラ/キャラクター性ではなく、「宮崎さん」というキャラについてこそ論じなくてはいけなかったわけです。
それから「宮崎さんが望んでそうしたのならそれでいいじゃないの」という弁護論もおかしいです。
映画としてもはやムチャクチャなのはすでにさんざん論じられたとおりです。作者が望んでそうしたというのなら、なぜそうしなくてはいけなかったのかの理由が分からない。そこを問い詰めると「それが『宮崎さん』だから」としか答えが返ってこないなんて、よーく考えたら不健全ですよ。
ほんとうに望んでああしたのかどうかも疑わしい。このあいだNHKでも紹介されていたように、彼は脚本いっさいなしで絵を描いていきます。まんが連載方式ですね。でもまんがだったら4年連載の作品を読む側も4年かけて追っていきます。キャラの逸脱とか話のゆがみがでればリアルタイムで読者から突っ込みが来るから、それが話がおかしな方向にいくのを描き手に抑制させる抑止力として働きます。
でも、宮崎の連載方式絵コンテってメインスタッフを除いて周りからのフィードバックがありません。そのぶん映画としての論理構成よりも作者の内的情念が露骨に反映されてしまうのです。
完成した映画がぐだぐだになってしまうのもむべなるかな。
そういえば久石譲にわたされたメモの一部が公開されていて、なんだこりゃと思いました。「全面的解決はしない話」とかなんとか書かれてたけど、あれは「そういう映画を作りたい」というよりは「そういう映画になってもあれこれ文句をいうな」という作者の弁明ですね。
だいたいさあ夏目さん、ふだんは浦澤とかかわぐちとか手塚とか水野とか名字呼び捨てで論ずるくせに、なんで宮崎だけ「宮崎さん」と呼ぶのかなあ。まさに「宮崎さん」というキャラに振り回されているように見えますよ。

論理構成が確りした合理的な映画見て面白いか?
映画にしろ小説にしろ作者の構築した世界観が自分にとって心地よいかで判断すべきものだろう。
そこへ所謂”合理性”を持ち込んだら映画に限らずあらゆる芸術作品は破綻してしまうと思うけどな。
”宮崎作品”が”宮崎さん”無くして語れない(アニメ作品には往々にして有ること)なら”宮崎作品”が世の中に受け入れられているなら”宮崎さん”の考えなり思想なりが世の中に必要なのだろう。少なくとも日本現代社会にとって。
”宮崎さん”を持ち上げて崇めるのもあほだが、合理性の名の下に”宮崎さん”を批評するのもえせインテリのやりそうな事だと思うがね。
ちなみに、私の見た映画の中で最高傑作は”イレーザーヘッド”です。(・-・)

HNK

>論理構成が確りした合理的な映画見て面白いか
最初っからそういうの投げちゃった映画なら問題はないんです。『2001』とかね。
だけどポニョといい何とか姫といい、話が進むにつれて背骨がおかしな風に曲がっていく感じがします。
24時間テレビのときの手塚アニメもそうでした。オタキングの本にあったけど、手塚先生のワンマン体制が祟って制作現場がおせおせで、それで段々と絵や話が崩れていくという。
だから通になると、「10分目。おーこういうのやりたかったんだな手塚さん」「30分目。がんばってるな」「一時間目。あれー何かセルの使いまわしが増えだしてるぞ」「残り5分。あーここまで崩れるかあ」と突っ込みを入れながら楽しんでいたとか。

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