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夏目房之介の「で?」

彦根講演「平凡寺と「我楽多宗」」(2)

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平凡寺は、きちんとしていたりきれいだったりすることが嫌いだったのか収集品を置いておく庵を建てても、わざと汚くお化け屋敷みたいにしちゃう。庭は雑草だらけ。すだれは破ってある。そういう写真が残ってます。荒れ放題みたいな風情が好きらしくて、いってみれば不気味な雰囲気なんです。

幼い頃、僕と姉で平凡寺の離れへ遊びに行ってた。それは、早くからそこにテレビがあったからなんです。母屋の我々はまだテレビがなかった。確か東京オリンピックの時には、すでにありましたけどもね。平凡寺はそれより前に持ってたはずです。ブラウン管が丸くて、角があんまりない、もうちょっと丸かったらレーダーだろっていうくらいのテレビがあった。その頃東京でもテレビのあるウチは、そうはない。それを見せてもらいに子どもが二人行くわけです。で、入ると収集品がゴチャゴチャとあって、その右っ側に階段だか梯子だか分らないようなものがある。その階段をずっと行くとさっき言った屋根裏部屋に行っちゃう。梯子の途中にベッドのようなものがあって、そこに平凡寺が寝てるんです。その平凡寺が寝てる所の階段の途中に我々は座って、その向かい側にあるテレビを見るわけです。何を見たかまでは覚えていません。唯一覚えているのは、三木のりへいがやったマジックインキのコマーシャルかな。

平凡寺も孫はかわいかったようです。特に僕はかわいがられたらしく、「房ちゃんや、房ちゃんや」と言ってかわいがってくれた。遊びにいくと、サービスしてくれる。彼が寝ているベッドの天井、と言うか二段ベッドのようになっていたのかなあ、手の届く所にいろんなザルがぶら下がっている。彼の必要なものはみんなザルに入っていて、ゴムで吊るされている。そういう仕掛けを考えるのが大好きなんでしょうね。ザルを一つを下ろして、まず鋏を取る。放すとまたビヨヨンと戻って行きます。別のザルを下げると、なかから羊羹が出てくる。また放すとビヨヨンと戻る。なんで鋏か分らないけど、羊羹を鋏で切って子どもにくれるんですね。これがね、気持ち悪いわけですよ(笑)。

甘いものが大好きな人でしたね。酒は飲みません。とらやの羊羹でも持っていこうものならご機嫌になっちゃう人ですから。昔の東京の羊羹ですから甘い。しばらく置いておくと砂糖が固まって縁が真っ白になる、そういうのが好きなんですね。そういう羊羹が出てくるわけです。やや古いわけですね、砂糖が固まってんですから。子どもといえどもあまり気持ちがよくない。だけど、テレビの魅力には勝てない。というようなことで、よく遊びには行ってました。

ただ、なんつったって、あんまりしゃべらないですからね。筆談しようにも、こちらはガキだし、あんまりコミュニケーションした覚えは無いんですよ。だけどすごく可愛がってくれていたと、お手伝いの人は言ってました。僕はまったく覚えてないんですが庭で一緒に遊んだこともあったそうです。僕が平凡寺の頭の上から砂をザーッとやったらしい。すると、普通だったら怒る所を絶対怒んなかったそうです。まあ、孫なんてそういうもんじゃないですかね。僕も孫いますけれど、それぐらいのことじゃ、まあ怒んないと思いますけどね。しかし、まあそういう存在だったと。

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