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夏目房之介の「で?」

追悼・草森紳一さん

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草森紳一さんの死を、元二玄社編集者からの電話で、今日、エッグでのランチ中に聞いた。

編集者は二玄社「書の宇宙」の担当者で、僕の書の初代師匠でもある。ひさしく連絡もなかったので、つい「死んでるのかと思った」と冗談をいった。彼は一瞬沈黙して「草森さんが死んじゃいました」といった。しゃれにならん。相当のショックを受けているように感じた。

ついこのあいだ、ブログで話題にしたばかりだったので、呆然とした。

崩れそうな本の山とともに一人暮らしで、落とすことのない原稿を最近落としたので、知っている編集者たちは心配し、自宅を訪ねた者もいたらしい。が、発見はだいぶ遅れたようだ。いちばん奥の部屋で倒れていたという。

でも、何となくいかにも草森さんらしい死に方だという気がした。

僕も、他人事ではないかもしれない。覚悟はしておこう。

編集者が、草森さんの「最期の方の漫画論」があるという連載をFAXしてくれた。

草森紳一「ベーコンの永代橋 11」 「entaxi」07年9月号 扶桑社。

草森さんは、急性胃潰瘍で吐血し、入院していたという。その後、近所に若い人たちが始めたレストランに通った話が書いてある。

そのレストランで賄い食を毎日食べさせてもらうようになった話。

レストランにあったグローブとボールで毎日少しずつ壁とキャッチボールを始め、百球以上投げられるようになった話。

店にあった『スラムダンク』を、すすめられて「1日2冊」と決めて読み始めたが、ついつい増えて、予定より早く読み終えた話・・・・。

そんな話が、随筆風に淡々と書かれている。

『スラムダンク』は初読で、元気の出るマンガだと書いている。レストランを始めた若者たちも、元気を出すために読んでいるようだ、とも。

草森さんは、もちろん相当のマンガ読みであった。仕事をする前に必ずマンガを読む習慣だったという。

この文章に出てくる作家だけでも、相当の広がりがある。

楳図かずお、石ノ森章太郎、ちばてつや、さいとう・たかを、平田弘史、横山光輝、バロン吉元、ジョージ秋山、藤子不二雄、小池一雄、小島剛夕、叶精作、白土三平、水木しげる、かわぐちかいじ、能条純一、山岸涼子、諸星大二郎、星野之宣、花輪和一、荒木飛呂彦、漫画太郎、しりあがり寿、ハロルド作石、吉田戦車、奥浩哉、古谷兎丸、岩明均、細野不二彦、小山ゆう、浦沢直樹、尾田栄一郎、松本光司、三浦健太郎、山本英夫、安彦良和、望月峯太郎、安野モヨコ、高橋よしひろ、福本伸行、伊藤潤二、黒田硫黄、古谷実、松本大洋。

作品では、『北斗の拳』『アキラ』『釣りキチ三平』『編集王』『ナニワ金融道』『墨攻』『まんだら屋の良太』『美味しんぼ』(途中で飽きたとか)

文中に、こんな箇所がある。

〈なぜなら、活字だけで組まれた本とちがって、マンガではその絵をじっくりと楽しむという癖があるからである。[]

 これは、私の癖のせいだとかならずしもいえない。マンガ家の絵がそれを強いてくる場合もある。コマの絵の組み立てが、セリフと密接に関連していて、熟視を強要してくる。ともいえるが、マンガ家独特の線の動きだけでも、ぶっ飛ばし読みを許されぬ場合もある。線の妙を味わされる。〉(181p)

そう。こういう人だったな、と思った。

たしか、どこかで「線の絶対性」という言葉を使っていて、その感性に信頼感をもった。

自らの中の「読み」にまっすぐ立会う言葉に、何となく僕は剣士を見るような気がしていた。それは、すがすがしい言葉だった。

もっとも、僕が草森さんに会ったのは、2~3回しかないのではないか。

好きな人だった。

そこにいることが怖い人なのに、ともいると愛嬌のような魅力があった。

タクシーの中で、僕の見せたマイク・ミニョーラの『バットマン』(だったか?)を食い入るように見つめたまま返してくれず、結局「差し上げます」といってしまったことを、ありありと思い出す。つい、そういってしまいたくなる人なのだ。

死を知らせてくれた編集者はFAXに〈世界じゅうのおもしろいことの大半が失われた〉ような気持ちだと書いてきた。気持ちはわかる気がする。

連載の文中に、74年に〈半隠〉(半分隠居)を決意した、とあった。

やはり、74年・・・・と感じた。

もっと、人生について話を聞いてみたかった。

けれど、随筆にある若者たちとの交流に、何となく「いい人生だったのかな」と思わないでもない。ホッとするものがあった。

心より、心よりご冥福をお祈りします。

毎日新聞報

http://mainichi.jp/select/person/news/20080330k0000m060075000c.html

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