今のPCというのは、画面の解像度はノートPCで少なくともXGA(1,024×768)、多ければSXGA+(1,400×1,050)、デスクトップだとWUXGA(1,920×1,200)も当たり前ですね。当然フルカラー(16,777,216色)です。
しかしPC-6001の画面の解像度というのは256×192(2色)か、128×192(4色)か、もしくは64×48(9色)(640×480ではありません)でのいずれかを選ぶというものでした。
アプリ(当時は主にゲーム)を作るとき、色を取るか解像度を取るか、どちらかを選ばなくてはいけなかったのが当時は非常に悩ましく、要件に合った画面モードをやりくりしていたものでした。
私が最終的に落ち着いた結論は、128×192ピクセルの4色モードを使うのことでした。これだと、
1. 画素混合を行うことで中間色を含めた10色を利用できる
2. 4色のパレットが2種類あるので、切り換えると8色使える(ただし同時に利用できない)
という利点があったからでした。
蛇足ですが、他には出力ディスプレイ(PC-6001は家庭用テレビにつないでいる人が多かった)の性能の低さを逆手に取った「色ズレ」という方法を用いて256×192ピクセルで4色を実現するという画期的な方法もありました。
今でも画面を凝視すれば四角いのに、これだけピクセルが大きいと、当時、当然ピクセルは「四角く」見えたわけです。だからこそ、1ピクセルに込める気合いは今の比ではなく、「ドット絵」と呼ばれる芸術品が生まれたのだと思います。
今、私はHTMLページを作るときにCSSを使ってピクセル単位でのデザインもしていますが、本当に1ピクセルにまでこだわったレイアウトをしているかと言われると、正直微妙なときもあります。当時のことをいつまでも忘れないようにしたいものです。
PC-6001とカセットテープレコーダーを買ってもらったら、まだまだ小学生、やっぱりゲームがしたくなるものです。おこづかいを貯めていくつかゲームを買って遊んでいました。親から見たらせっかくIT投資したのにゲームで遊んでばっかりで、と思っていたかもしれません。
いくつか買ったゲームの中で、ちょっと変わったものがありました。それは某A社の「オリオン/クエスト」というものです。「オリオン」は、セガのスペースハリアーみたいなものでしょうか、「クエスト」は迷路ゲームです。両方とも当時には珍しい3Dゲームでした。
今でこそ3Dゲームは当たり前ですが、当時は演算速度や描画速度が極端に遅く、3Dでしかもアニメーションを実現するのは大変なことだったので、ソフトウェアも高度にチューニングされていました。しかし、このゲームの最も特筆すべきは、その技術内容(ソースコード)を操作マニュアルに記載して、解説までしていたことです。
ちょっとだけその解説を紹介します。変数Aに0を代入するということをしたい場合、普通の言語ですとA=0などと書きます。これがZ80アセンブラになるとLD A, 00Hなどと書くわけですが、それをXOR Aと書くと、より速くなる、というのが高速化テクニックの一例です。
ここからは私の補足ですが、LD命令の場合、命令で1バイト、代入する値(00H)を格納するのに1バイトの合計2バイトを使ってしまうわけですが、XOR Aはこれで1バイト命令なのでプログラムを読み込む時間が短くなり、速くなります。
XOR Aというのは、変数A(実際にはアキュムレーターといいますが)に対して同じAとの排他的論理和を取って、結果をAに代入せよという命令です。同じ値同士のXORですから2進数に分解して考えると0 XOR 0、または1 XOR 1のパターンしかないわけですが、どちらも結果は0になります。したがってXOR Aは必ず0になります。こういう性質を使ったテクニックなのです。
こんなテクニックを小学生が読んでもちんぷんかんぷんだったわけですが、このわけのわからなさが非常に印象に残り、のちに中学生になってアセンブラ(機械語)にはまるきっかけになったのかもしれません。
カセットテープレコーダーの無いPC-6001でしばらくタイピングとの戦いが続きましたが、ようやくカセットテープレコーダーを買ってもらいました。
とはいっても、結局市販ゲームを買って遊んでばっかりだったりして・・・。でもたまにはプログラミングもし、市販のカセットテープに保存などしていました。
最初はできるだけ1本に多くのプログラムを入れたくて、60分とか120分のテープを買っていましたが、あるときテープがデッキにからまり、大変なことになりました。なんとかプログラムは救い出せたものの、テープメディアは折れたりして大変でした。
このとき学びました。メディアは信頼性が大切だということを。そうです、長時間のテープは薄くて弱いのです。また、もし不具合が起きた場合のダメージが大きいのです。ですので20分とか30分のメディアを買うようになりました。
また、保管も重要であることを学びました。日向に出しておくと伸びて読めなくなってしまうのです。そこで暗室に保管するようになりました。
時は過ぎ、その当時の教訓のおかげで、代々のHDDで受け継いできたデータが破損していたのに10年前にスナップショットを保存していたDATメディアで修復ができたりして、テープメディアはあなどりがたし、と思いました。50年持つ、と言われているMOも、いまだに手放せません。
個人的にはHDDはかなり信用していないのですが、やがてSSDになることで保存性が上がるのかどうか、そのあたりも興味があるところです。
私が最初に買った(親に買ってもらった)PCは、NECのPC-6001でした。
このPCで、最初は「こんにちはマイコン」を読みながらBASICプログラミングを楽しんでいたわけですが、やっぱり当時は小学生、ゲームもしたくなるわけで、雑誌を買ってきてプログラムの打ち込みなんかするわけです。
しかし我が家のPC構成には重大な欠陥がありました。それは記憶装置がなかったのです。FDDはおろか、カセットテープレコーダーもありませんでした。それではせっかく入力したプログラムは消えてしまうわけです。
というわけで仕方がないので、休日に1時間かけてプログラムを入力し、それを電源が入っている間(3時間くらいかな)遊び倒すのですが、電源を切る瞬間ったら、それは切ないものでした。プログラミングも同様で、自分で作ったプログラムは保存するすべがないので、動作を検証できたらそれを紙に書き写していたわけです。それでも当初はそれを不条理だとは思いませんでした。
自分専用のテレビなんてないので、居間のテレビが使える日曜日の昼間だけが、私のパソコン時間でした。
もっとも、そんなことを毎週やっていたら、半年後にはテープレコーダーを買ってくれるところまで持っていくことができましたが。
私の自宅のメインマシンは、Core 2 DuoのMacBookにHDDをIntelのSSDで換装し、Boot CampでWindows 7をインストールしています。メモリは4GB積んでいます。この原稿も今MacBookで書いています。
この組み合わせは最近ではかなりパフォーマンスのよい組み合わせだと思うのですが、実際Windows 7は30秒くらいで起動しますし、ブラウザも1秒程度で起動します。非常に快適です。
しかし、たまに考えることがあります。Windows 7の起動は「遅すぎる」のではないかと。
私が26年前に初めて買った(買ってもらった)パソコンは、NECのPC-6001でした。このパソコンはCPUはZ80A互換のクロックは4MHzでメモリは16KB(MBですらない)、ストレージはカセットテープでした(FDDもあったが高すぎて買えなかった)。
今となっては桁違いもいいところの低スペックですが、ただひとつよかったのは、電源投入と同時にBASICのコマンドプロンプトが立ち上がり、プログラミングを即座に開始できたことです。なんたってOSがROMに焼き付けられているから、ロードの時間など必要ないわけです。
もちろん、今のOSは機能も豊富でインターネットにつながるしセキュリティ対策は非常に面倒だし、OSの必須要素も桁違いなので起動に時間がかかるのは仕方がない面もあると思います。しかし、それにしてもコンピュータの都合で何十秒も人間が待つというのは、よく考えると理不尽な気がします。
Windows Vistaではスリープのショートカットがあったのに7ではシャットダウンのショートカットに変わったのは、7の起動が速くなったからということもあると思いますが、もっと速いスリープを活用しないのは少し残念な気がします。PCのOSもスリープ前提で使用でき、起動に時間をかけない方向に向ってほしいものです。決して不可能なことではないと思うのですが。
現在、IT関連企業にてシステムエンジニアをしています、長谷幸雄です。
肩書はシステムエンジニアというより、Webエンジニアのほうが正しいかもしれません。
会社のイントラネットサーバ運用とコンテンツ新規企画/運用、技術サポート、社内システムのWebアプリケーションでの提供、コーポレートサイトを含む社外向けサイトのサーバ運用と技術サポート、などをしています。おおよそWebに関わることなら基盤からコンテンツまで、広く浅く大体なんでもやるのが私の仕事となっています。
Webとの出会いはWindows 95が出た頃でしょうか。1997年頃から個人でホームページを作るようになり、1998年頃から会社の仕事でWebシステムを扱うようになりました。以来10年以上経つわけですが、Webの世界の尋常ではない流れの速さに、正直なところついていくのがやっとであります。もう今はアラフォー世代なのでいつまでいまのスタイルで仕事ができるのか、気になってきたところではあります。とはいえ、この業界が大好きでもあります。まだしばらくはWebの世界にこだわっていきたいと考えています。
そんな私が、大木豊成さんの紹介でなぜかブログを書かせていただけることになりました。何を書こうかいろいろ迷ったのですが、上記紹介のとおり最新のIT技術を書くのはおこがましいので、一応コンピュータ歴27年の経歴を生かして、古いコンピュータの時代を回顧し、昔をなつかしむブログというのならやれるかな、と思いました。結果、ノスタルジックITというタイトルをつけることにしました。
コンピュータの世界でも「歴史は繰り返す」と私は考えています。昔をなつかしみながら、現代のコンピュータについての考察もできるとよいな、と考えております。
どうぞよろしくお願いいたします。

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