オルタナティブ・ブログ > 大人の成長研究所 >

ライフワークとしての学びを考えます。

「ああ、死ぬ間際に山芋の腸詰が食べたい」 食とは死への前奏曲

»

伊丹十三監督の映画「タンポポ」。
宮本信子さんが演じる売れないラーメン屋の主人タンポポは、山崎努演じるタンクローリー運転手のゴローの手助けを得て、「行列のできるラーメン屋」を目指します。
黒澤明の「七人の侍」のように、次々と強力な助っ人が現れて、日本一のラーメンが出来上がるまでを描いています。まさに「ラーメンウエスタン」です。
 
映画のところどころに、本筋とは別のグルメなショートストーリーがはさみこまれて、そこに伊丹監督の洒脱なメッセージを感じ取ることができます。うんちくあふれる独特なセンスで描いていて、それがまた面白おかしく飽きさせません。ありきたりの成長物語とは全く違う次元の作品になっていました。
 
ストーリーの中で、役所広司演じるヤクザ風白服の男が、撃たれて死ぬ間際にまで料理について語るところは壮絶です。
 
「(冬のイノシシは山芋ばかり食べているので)イノシシを撃ったらさ、腸の中は山芋がぎっしり詰まっている。山芋の腸詰だよ。それをさ、焼いてさ、輪切りにして食うんだって。美味そうだろ。」
 
そしてなんとそこで、情婦役の黒田福美が「そうね。わさび醤油なんて合うわね」と言うのです。
 
そのあと息絶えるのですが、ここまで食に命をかけるのかと圧倒されるのと同時に、何か滑稽でさえある人間の根源的な欲望と憧れを感じさてくれます。
 
私は映画を観ているうちに、ラーメン一杯に魂をこめる人たちに、音楽と共通するものを感じました。
 
「タンポポ」の音楽に使われているのはクラシックです。ラーメンとクラシックに何の関係があるのかと思えます。
 
リストの「交響詩、レ・プレリュード(前奏曲)」とマーラーの交響曲。白服の男が死ぬときに流れるのは「ベニスに死す」でも有名な第5番の「アダージェット」です。
 
リストの「レ・プレリュード」は、「人生は死への前奏曲」というアルフォンス・ド・ラマルティーヌの詩に基づき、リストの人生観が歌い上げられています。
 
また、マーラーの交響曲第5番は、死を意識して分裂しのたうちまわるマーラーがいます。特にアダージェットは、心が離れてしまった妻アルマへの熱烈なラブレター。心が震えるなんと甘く哀しくデリケートで優しい音楽。
 
食という生きるエネルギーにあふれた行為は、実は死に向かっている。
物事は究極までいくと逆にふれるのです。
あれも食べたい、これも食べたい、という生への欲望は果てしない。しかし、映画のラストに延々と流れるある乳飲み子のシーンには、「人間生まれたときはこれだけだったではないですか。最後はシンプルに帰るのですよ」と言うメッセージを感じます。
 
この映画は、死ぬほうから自分の生きているほうを見るというイマジネーションを与えてくれました。
 
しかし、そんなことを考えなくとも、面白い食の話しに満ち溢れていて、いつのまにか夢中で観てしまう映画。傑作だと思いました。
 
この映画で私が気に入っているのは、のっぽさんの高見映が掛け声をかけて、乞食たちが「仰げば尊し」の合唱で「せんせい」をお見送りするシーンです。
 
その合唱、なぜかものすごく上手なのです。
実は、「日本合唱協会」というプロの合唱団が乞食の格好をしてエキストラ出演していたそうです。今、合唱団をご指導いただいている先生も、真っ黒な顔で出演していて驚きました。

Comment(0)