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ライフワークとしての学びを考えます。

お母さん、もうだめ。つらくてつらくて。ヴァイオリンをやめたい

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チョン・キョンファを皆さんにご紹介するかどうか、かなり迷いました。
 
真の天才をどのように表現すればよいのか。
そして自分自身、ここしばらくキョンファを封印していました。一度聴いてしまうと呪縛されてしまい他の演奏が入ってこなくなってしまうためです。
 
チョン・キョンファは、1948年韓国出身のヴァイオリニスト。
 
彼女を初めて知ったのは、常時流していたFM放送から聴こえてきた、シベリウスのヴァイオリン協奏曲。
誰の演奏とも分からず聴き流していたのですが、途中から、演奏の尋常ではないレベルに何かが違うと感じました。
3楽章まで聴き終わったとき、私は震撼し、なんと手先まで冷たくなっていたのです。
 
第1楽章、シベリウスの故郷フィンランドの静謐な空気感を感じさせる出だし。深い祈りや憧れに満ちた音。魂を引き裂くかのような音色。マグマのようなパッション。忘我の境地でひたすら没頭する。彼女の音から、今この場で燃え尽き命果てても良い、という声が聴こえてくる。
 
そんなキョンファが一度だけヴァイオリンをやめたいと言い出したことがあるといいます。
母親のイ・ウォンスクさんの著書「世界がお前たちの舞台だ」の中で
「お母さん、私もうだめ。つらくてつらくて。ヴァイオリンをやめたい」と号泣するキョンファ。
 
韓国人であることで受ける差別。若くして注目されることでのプレッシャーと消耗。
 
キョンファの演奏は、毎回が自分を追い込み、精神を極限まで高め、命をすり減らすような芸術の行為。このような演奏をつづけていたら、どんなに強い精神力があっても持ちはしない。
創造の苦しみに、周囲は芸術家が苦悩し絶望する姿を眺めることしかできない。誰も助けることはできないのです。
 
彼女はふたたび自らの意志で音楽を選びました。
 
2005年より手の怪我のため長期間休養を取っていたキョンファですが、2010年から復帰しています。今後、さらなる深まりがあることでしょう。
 
さて、本日はそのシベリウスのヴァイオリン協奏曲より第3楽章、1973年のライブ演奏を聴いていただくことにいたしましょうか。
 
ニューヨークで名教師ガラミアンに師事していた時代、あまりの激しさとパワーに他の生徒たちから「タイガー」と呼ばれていたというキョンファですが、これはタイガーというより、まさに鬼神。
 
青い火柱が燃え上がるような迸りに、私は聴いていると血の気が引いていくような気がします。
 
3:33~4:34は凄まじいテクニックで踊り狂う。疾走する。そして4:47からはヴァイオリン一丁が孤独さをたたえながら独白する。5:56~さらに火がつき始め、オーケストラよりテンポが走り始めます。ライブならではの、なんというスリル。6:13~は激烈に煽り、6:25~はこちらが焼け焦げそうなほどのパッションで、胸の中を火箸で引っかきまわされているような気持ちになります。
 
それでは、チョン・キョンファのヴァイオリン。お楽しみください。

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