コンクールで勝つために
奇をてらって目立つことは、アートの世界でよくあることだと思います。
もちろん中身を伴っていれば素晴らしいのですが、効果ばかりを狙って辟易することもあります。
音楽の場合、コンクールがある限りその傾向はなくならないでしょう。
人と比べるのだから他人と違うことをして目立とうとするのは仕方がないことかもしれません。
ただ、クラッシックの場合、作品によって、作曲家やその時代によって、スタイルというものがあります。
要するに、「バッハをショパンのように弾いてはいけない」のですね。
演奏家によっては、「ピアニストより作曲家が聴こえてくるほうが良いのです」と言い切る方もいます。
あるコンクールの審査員常連の先生の公開レッスンを聴きに行ったときのこと。受講生に対して、速くて強く音が多い所で普通はペダル(音をのばすために踏む足のレバー)をしっかり変えるところを、踏みっぱなしにして弾かせていました。
ペダルを踏むということは当然音が良く響きます。そこを踏みかえないということは、音が汚くにごってしまう可能性が高いのです。そこをわざと踏み続けて出す効果というのも確かにあります。ただその場合、残っている前の音を乗り越えて響くタッチが必要なのです。たぶん油絵で重ね塗りをするようなイメージですね。
作曲家によってはこの方法は正解です。
しかし、ショパンでこれをされたとき、私はかなりドキッとしてしまいました。
「これは鮮烈に記憶に残るなぁ」と思いました。
しかしコンクールで目立つためには、アリなのかもしれません。
勝ち残るために。
もちろん、その人が強烈にそうしたいのなら別です。しかし、教授は明らかに「こうすると有利ですね」と言わんばかりの指導。
この手のことは言われてすぐにできるものではありませんから、生徒も優秀だと思います。
しかし、「このピアニストの演奏会に行きたいか?」と問われれば、私は行かないでしょう。
目立って競争に勝つこと。
麻薬のような作用があると思います。
大事なものを見失っていないか。
常に問い続けなくてはならないと思いました。