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SmartNews で広告モデルの広告を抜かれること

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※2012/12/31&2013/1/1 (重要な追記)本文を修正しました。
※2013/1/5 修正に関するエントリを書きました。

■はじめてのビデオデッキ

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大学時代に「SONY MUSIC TV」という番組が始まりました。ベータ対VHSというビデオ録画方式を競っていたSONYが、βHiFiという音質重視の新しい録画方式と200分(βIIモード)という録画モードを宣伝するために提供していた、(主に洋楽の)プロモーションビデオばかりを流す番組です。アメリカでは MTV という番組がはじまって、プロモーションビデオが一世を風靡しはじめる時期でもありました。

HiFiというVHSにない特徴ができたことで「これからはβの時代だ」と確信した私は、バイト代で SL-HF66 というビデオデッキを買い、毎週録画することにしました。もっとも200分テープはかなり高かったので、普通の120分テープ(←決して安くはなかった)を買い、1.5倍の時間が録画できるβIIIモード(つまり180分)で録画していました。単純計算で20分不足するのですが、実際にはテープに数分の余裕があり、コマーシャルをカットすればギリギリで全体を録画できました。当時のコマーシャルカットはリアルタイムで[PAUSE]ボタンを押すしかありません。テレビ愛知では金曜日の0:30~3:50に放送されていましたから、毎週金曜の夜は4時ごろまで番組を見ながらコマーシャルごとに[PAUSE]ボタンを押すということを繰り返していました。

私の確信はアテにならずβの時代は終焉を迎え、苦労して撮りためたビデオテープをもてあましたまま、長い年月放置していたことでワカメと昇華してしまい、その後入手したビデオデッキごとおシャカになってしまったのは、悲しい思い出です。

■SmartNews の適法性

SmartNews(https://www.smartnews.be/)という iOS 用のアプリが話題になっています。ニュースを定期的にダウンロードしておき、電波が通じない時でもニュース記事を表示できるというものです。これを Smart モードと呼び、このときは広告がカットされています。もっとも、電波が通じないのにバナー広告がクリックできてもリンク先にジャンプできません。余分な広告が表示されず、電波に悩まされることもなく、すっきりと記事が読めるわけです。ベリーズ(.be)というセンスのない ccTLD ドメインを使っていることなど気にならないほどスマートなアプリ、ということのようです。

SmartNews がサーバーでデータ集約して配信しているなら著作権法上の問題もありえる」という指摘もありますが、実際のアプリを見る限り、そのようなことをしてるようには見えません。アプリとして提供するのですから、わざわざ自社で負荷のかかるサーバーを用意するよりも、直接ニュースサイトにアクセスさせる方が運営側も楽になりますし、そのように設計すれば法的な問題も避けられます(実際に内部を調べたわけではありません)。ただし、ニュースサイトを解析したり、構造の変化に追従しやすくするため、各ニュースサイトの構造をサーバーで提供している可能性はあります(これはアプリのアップデートでも対応できそうですが)。

このようにアプリがコンテンツをダウンロードしているだけなら、日本の著作権法上は私的複製にすぎません。キャッシュが複製かどうか問題になるのは、違法に(無許諾で)コンテンツ配信するサイトの話です。レコード業界が違法ダウンロードけしからんとか、ゲーム業界がマジコン許すまじと言っているのは「コンテンツが無許諾でネットに公開される」という段階があるのであって、合法に公開されているコンテンツを私的に複製しても違法性は生じません(日本では)。つまり、SmartNews 自身が合法という見解を出していることに疑問はなく、違法性を勘ぐっている人は技術センスがないか、法的センスがないのでしょう。

補足すると、SmartNews がニュースサイトからユーザーのデバイスへのコンテンツ複製の仲介役となるサーバーを使っていた場合、つまり著作権法第30条第1項第1号における公衆用自動複製機器とみなされる仕組みで運用されていたとしても、附則5条の2で「文書又は図画の複製」は対象から外れます。(私は利用していませんが)有料のはてなブックマークプラスには、ブックマークしたページをメールで受信する機能があります。これこそ公衆用自動複製機器に該当し、上記の附則で除外されている例に見えます。ニュース記事が”部分的に”複製されているのであればまだしも、“全文”が複製されているのであれば、ただ広告が除去されるだけで「同一性保持権に対する侵害」とみなすことも難しいでしょう。

SmartNews は「真っ白」にしか見えません。

※2012/12/31&2013/1/1追記。データをニュースサイトではなく、独自サーバーからダウンロードしているというご指摘のほか、ニュースを取得した日付がインストールした日付より古い、サーバーでデータを加工したうえで配信している、というご指摘がありました(コメント欄もご参照ください)。この場合、「真っ白」でない可能性が高くなります。調査不足をお詫びし、後日、確認して追記したいと思います。

■「SmartNews」をめぐる議論

話題の発端は、岡田有花さんのツイートのようです。

自分が書いた記事がSmartNewsの スマートモードに全文転載されていて、とても悲しい気持ちになった。スマートモードはユーザーには便利だが、完全タダ乗りだと思う…書き手やメディアを悲しくさせるよ… http://lockerz.com/s/270337055

「完全タダ乗り」には完全に同意しますし、悲しくなるのも理解はできますが、“道義的”という以上の具体的対策はないように思います。ニュース記事に著作権保護の仕組みをかけられるわけでもなく、私的複製が明確に合法な日本では法的措置のとりようがありません。むしろ SmartNews の宣伝に貢献してしまっただけという気もします。

そして、SmartNews をめぐる議論のまわりに否定的な意見が目立つのは興味深いところです。フリーライダーだの、ヒャッハーだのと言っても、今まで、いくらでもコンテンツのタダ乗りを容認してきたのではないか、と思わざるを得ません。

■テレビ番組の録画

たとえば、ネット上の(無料の)ニュースサイトが広告で成り立っているのと同じように、(民放)テレビ局で無料で放送される番組もコマーシャル収入によって成り立っています。ビデオリサーチの沿革によれば、1985年には「ホームビデオ録画率・再生率調査開始」しているようですが、録画視聴による有意の広告効果は認められていないのが実情です。もともとテレビCMは即時性が求められることが多く、「クリスマスまでのキャンペーン」という CM を、“今”録画で見たところで手遅れです。また、「リサーチ・アンド・ディベロプメント」の調査によれば、録画視聴で CM をまったく飛ばさないという人は12%しかいません。これでは録画視聴の CM に宣伝効果がないとみなされても仕方がありません。

要するにテレビ番組の録画視聴は、民放テレビ局にとってタダ乗り以外の何ものでもありません。それでも、これは私的複製という完全に合法な手段として認められてきました。1990年には自動的にCMカットできるビデオレコーダーが登場しました。テレビ局側から“問題”が提起され、「CMカットは同一性保持権の侵害にあたる」と言われたこともありましたが、あまり相手にされなかったように記憶しています。近年、自動的なCMカット機能は外されたようですが、今日のハードディスクレコーダーなら自動化されていなくてもオートチャプター機能により手作業で容易にCMをカットできます。

一応、テレビ番組の録画利用については「完全なタダ乗りじゃない」という意味を持つ私的録画補償金というものがあります。しかし、テレビ局の事業規模がキー局なら1000億円以上にもなるのに、補償金は総額でも10億円ちょっとしかありません。1社に振り分けられる補償金は事業規模の1000分の1よりもずっと少ないものです。地デジチューナーのみのレコーダーでの徴収は最高裁で否定されたので、今後はもっと減るでしょう。(レコーダーの徴収が否定されたのに、メディアの徴収が継続するのかは見ものです)

録画補償金はテレビ局にとっては言い訳に利用されている程度にすぎず、有意の収益というレベルのものではありません。SARVH(私的録画補償金管理協会)が会見するときも、主役であるはずのテレビ局の幹部が同席した覚えがありません。そのような額なのに、補償金制度は叩かれたり、あるいは補償金があるからダビング10と言わず自由に複製させろという声すら出てきます。SmartNews についても、1つの記事が1万円で執筆されているものなら、(1回あたりやサービスあたりではなく)総額で10円払えば自由にさせろ、と言っているようなものです。

自分がやるわけでもないのに「時代遅れの既得権益にしがみついてないで、新たなビジネスモデルを取り入れろ」なんて声もありました。私には身勝手な理屈に聞こえますが、なぜか同じ方向から SmartNews を疑問視する声が聞こえてくるのは不思議なものです。こだまでしょうか(いいえ、だれでも)。

中には「テレビは公共の電波を独占してるから事情が違う」という人もいるかもしれませんが、それは有限の地域に有限の電波をどう割り当てるかという問題であって、理屈上は、新たにテレビ局を開設したいということまでが排除されているわけではありません。新規開設は、事実上制限されているとはいえ、TOKYO MX が開設したのはほんの20年ほど前です。地方に行けば電波の割り当てが余っているところもあると聞きます。

かつてライブドアや楽天が買いたがっていたのはフジテレビやTBSであり、電波を持っていればTOKYO MXや放送大学でもよかったとか、新規に電波を割り当ててほしいと望んでいたわけではありません。実際、1年ほど前にはBSデジタル放送を使い始めたCSチャンネルがいくつかあるように、衛星放送という手段を使えば関東圏の世帯数と同程度の視聴者を相手にするテレビ局を開設することは可能だったはずです。「ショッピング専門の地上波チャンネルを開設したい」と希望する企業はあるかもしれませんが、まともな番組作りを考えて新たにテレビの電波を割り当ててほしいと思っているところは本当にあるのでしょうか。

■アメリカならどうなるか

フェアユースのあるアメリカだったらどうなるでしょう。実際に裁判が起きないとわかりませんが、推測はできます。テレビ局との裁判に勝って、VHSに負けたベータ方式ですが、その「ベータマックス訴訟」について詳しい経緯が SONY のサイトで紹介されています。理由は「タイムシフト」、つまり「時間をずらして見る」のは合法というものです。

テレビ地上波のデジタル化が完了したアメリカでも、テレビ番組を録画する装置はあります。しかし、ブルーレイレコーダー、つまりデジタル放送を BD-R のような永続保存媒体に記録するようなものは(基本的に)ありません。よく使われている TiVo は、録画した番組を編集する機能すらありません。ほんとうに「タイムシフト」だけなのです。私的複製が明文で合法とされ、裁判すら起きなかった日本とは違います。

複製が合法かどうか、つまりフェア(公正)かどうかは個々の状況で判断されるので、私的に複製するものでも合法とは限らないということです。日本では DVD の著作権保護機構を回避した複製は、ごく最近になって著作権法で規制されましたが、アメリカでリッピングソフト(RealDVD)が著作権侵害と認定され、裁判で完敗したのは2年以上も前のことです。

あるいは「Web の広告ブロック機能が合法でないかもしれない」という報道もありました。その後、実際に裁判になった例まではわかりませんでしたが、コンテンツにタダ乗りする SmartNews がアメリカでサービスをはじめたら、裁判沙汰になったり、敗訴する可能性も否定はできません。(確信があるわけではありません)

■SmartNews への対抗策

ニュースサイトが SmartNews にタダ乗りされないようにするにはどうすればよいでしょうか。SmartNews が自社サーバーでニュースを集約しているのであれば、そのサーバーからのアクセスをブロックすれば済みます。でも上記の推測が正しく、各アプリが各ニュースサイトから記事をダウンロードしているだけなら、それほど簡単ではありません。UserAgent を見て判別しようとしてもブラウザと同じものが使われて回避されるかもしれません。

ログインした会員だけが見られないようにしたり、いっそ抜粋だけをテキストで配信し、ニュース本文をイメージ化するなどテキストとしては配信しないという方法も考えられます。ただ、アプリ側で対応不能になるわけではないですし、そもそもサイトの使い勝手が悪くなったら通常の利用者の利便性が下がります。結局のところ、任意の汎用ブラウザからのアクセスを受け入れるなら、特定のアプリからのアクセスを拒否できないでしょう。

■おわりに

広告モデルで運営されているコンテンツから広告を抜いてしまう SmartNews に批判の目を向け、不遇のコンテンツ供給者に共感するという人は、同じ程度の感情で民放テレビ局のことを考えてあげてもいいと思います。冒頭に書いた通り、私は録画が大好きですけどね。

■おまけ

「彼らが最初レコードの録音をはじめたとき、私はレコードの制作者でなかったから何もしなかった。
ついでテレビ番組の録画をはじめたとき、私はテレビ番組の制作者でなかったから何もしなかった。
ついでレコードはCDになり、すばやくリッピングできるようになった。
テレビはデジタル化され、録画やCMカットは苦もなくできるようになった。
印刷した書籍がデジタルスキャンされて、自由に検索できるようになった。私は喜んでいた。
彼らはついにネット記事を私的複製できるようにした。私は記事執筆者なので反撃した―しかし、それは茶番だった。」
inspired by「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき

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