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Spotify に関する早とちり

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Spotifyがついに日本でも近々利用可能に?」という見出しを見かけて心が躍ったのですが、本文を読んでみると単なる早とちりのようです。日本でサービスが提供されておらずメールだけ登録しておく仕組みは以前からあり、今のところ私自身も登録していますが今のところ何の通知も届いていません。Spotify そのものについては、この記事に説明がありますが、ストリーミングで楽曲を共有できるサービスで、4大レーベルとも契約している合法なものです。もっとも、私自身も実際に使っているわけではないので、使い勝手まではわかりません。

■Spotify とメジャーレーベルのビジネスモデルComics12_lo

Spotify の場合、無料アカウントでは数曲ごとに広告が入りますが、広告の入らない有料アカウントもあります。1曲ストリーミングするたびにレーベルに支払われる手数料は0.4セントと言われており、かつて myspace music が支払っていたとされる額と同じです。以前から日本にもやってこないものかと思っているのですが、0.4セントを広告収入でまかなうことは米国でも厳しいと思われる上に、日本のネット広告の効率がよいとも思えず(※)、運営的に難しいのではないかと推察しています。
※かつて OVERTURE が提供していた KEYWORD SEARCH の結果による印象。

そもそもストリーミングの単価が0.4セントというのは、決して高額ではありません。1万回再生されても40ドル(約3000円)です。ヒット曲であれば再生数は膨大になるでしょうが、そんなものばかりではありません。実際、Spotify や Napster のようなストリーミングサービスからインディーズレーベルが離脱する動きもあります(「Spotifyに早くも逆風、レーベル/アーティストが続々離脱」)。

記事には Spotify が音楽権利保持者に分配した金額を「3年で116億円」と報じています。1年あたり40億円弱というのは、無視できるほど小さいという金額ではないものの、音楽コンテンツの世界売上が2009年でも186億ドル(当時の為替レートを1ドル90円としても1.67兆円、『日本のレコード産業2011』より)であることを考えると、売り上げの少ないレーベルにわたる金額がわずかになりそうなことは予想できます。

一方、メジャーレーベルにとっては安くても契約するメリットがありそうです。メジャーレーベルは、すでに「360契約」(360度=全方位、の意)がデフォルトになっており、CDのような音楽コンテンツの売上だけでなく、ライブやグッズの売り上げの一部もレーベルの収入にできるためです。必ずしも楽曲だけで収益を考える必要がないので、Spotify のようなサービスも認められるわけです。

■Napster Japan の思い出

かつて日本にも Napster Japan がありました。現在の Napster は、ファイル共有で裁判沙汰になった Napster のブランドを残し、音楽ストリーミングとして再生したサービスです。2006年に日本でもサービスを開始し、2010年に撤退しました。米国のシステム変更に対して日本版に対応させる費用が出せないというのがその理由です。米国でも決して順風満帆とは言い難い Napster ですが、日本ではもっとマイナーな存在だったと思います。

日本では、Napster に対して邦楽が非協力的だったとも言われます。実際、ヒット中の楽曲がなかったり、あってもアルバムの一部だったり、ラインナップは限られていました。おそらく、日本のレコード会社はアーティストに「360契約」を強要できるほどの力がないのでしょう。CD(つまり原盤権)が収益の中心である場合には、それを安売りするわけにはいかなかった可能性があります。さらにネット嫌いのジャニーズ事務所は、(通常レコード会社が保有する)原盤権をおさえているそうです(以前のエントリでも触れたレンタルCDの存在も、日本で Napster が流行らなかった理由になりそうですが、深くは述べません)。

■失敗体験は真似されにくい

新たなビジネスをはじめようとするときに注意されることとして、「誰もやらなかったアイデアは、たいてい先人が思いついたけどあえてやらなかったこと」と言われることがあります。何かのきっかけて思いついた“素晴らしいアイデア”は、決して自分だけが思いついたことではないかもしれません。もちろん、ビジネスをはじめるのですから、思い付きだけでなく、それなりの調査やシナリオを熟慮するのは当然ですが、よく考えられたものであっても成功できるとは限らないものです(挑戦するなと言っているのではありません。念のため)。

しかし、世の中には「先人がやったけど成功しなかった」こともあります。たとえば、Spotify から離脱したレーベルも、当初は楽曲の収益にプラスの影響があると感じて参加したのかもしれません。Napster に参加していた邦楽もありました。しかし、「参加することでプラスの影響を感じられなかった」「参加しない楽曲にマイナスがあるとは見えなかった」のであれば、営業的には離脱されてもしかたがないことです。

アンダーソンの『フリー』で実現した成功体験は、たとえ自身の成功につながるかどうかわからなくても真似されるものです。しかし、失敗体験というのは、よほど事例を分析して失敗要因を回避可能だと自信の持てる人でなければ真似されることはありません。iTS にしてもそうですが、「ヒット曲が参加しないからサービスが流行らない」という言い訳は「そのサービスは曲をヒットさせるための条件にならない」と言っているようなもので、むしろ参加しない理由を肯定していることになります。以前紹介した muziejamendo もそうですが、世の中には多くの挑戦者がいます。彼らに見向きもせず、他の方向に向かって「挑戦せよ」と言ってみたところで、話を聞いてもらえません。新たなビジネスに挑戦せよという人は、まず既存の挑戦者に目を向けてみてはいかがでしょうか

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