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「著作物の共有による損害ははっきりしない」というレトリック

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前エントリに Toms さんからいただいたコメントに、著作権侵害について「実態のつかめない損失」という表現がありました。(Toms さんの意図は違ったわけですが)「楽曲や動画の共有について、実際の損失は証明されていない」として、「はっきりしない損失のために共有を禁止することこそ、消費者の利益(あるいは知る権利)を損なう」と主張されることがあります。

普通にお金を出せば買えるようなものについてまで無料でなければ知る権利が損なわれるという理屈は私には理解できませんが、先のエントリで示したように「宣伝効果」を証明することが困難であるというのと同じく、「実際の損失」を証明することは、たしかに困難でしょう。著作権団体が“被害額”として挙げるものは、実際に流通された著作物の数字に適当な金額を掛けているという程度のものです(例: JASRAC のプレスリリース)。共有が禁止された場合に、このような人々がすべてのコンテンツにお金を払うようになるとは思えません。では、こうした共有は認めるべきなのでしょうか。

ここで少し極論(現実的でない暴論)として「化粧品の万引き」を考えてみます。私は実態を知らないのですが、化粧品は製造原価が極めて安く、ほとんどのコストは研究開発費とブランド作りのための宣伝費であると聞きます。まあ、仮定の話なので、以下を含め、実態と違っているとしても無視してください。

化粧品を万引きされて損をするのは誰かというと、化粧品会社ではなく小売店です。万引きした人は、万引きしなかった(できなかった)からといって、同じ化粧品をお金をだして買うとは限りません。一方、小売店にとっては万引きされた分の仕入れ価格が戻ってくるわけではありません。これでは小売店がかわいそうなので、万引きされた分の化粧品は、化粧品会社が補充してくれることにします。化粧品会社にとって化粧品の製造原価が微々たるものであるなら、この親切な対応にかかるコストもわずかです。それに、万引きした人は、その化粧品の品質が本当にすぐれていると感じられたら、次にはちゃんとお金を出して買うようになるかもしれません! なんということでしょう、万引きしやすい化粧品の方が結局は儲かるかもしれないのです!

これがナンセンスなのは明らかでしょう。「万引き犯を捕まえるのは宣伝効果をなくす」とか「合法化すべきこと」だと主張する人はいません。たとえば、「あそこの化粧品会社は、万引きを認めているらしいよ」ということが広く伝えられたら、それでも、お金を払う人がどれくらいいるでしょうか。同じことを著作物に対しても考えてみてください。著作物の共有が(アップロードも含め)取り締まられない、あるいは合法化された場合に、それでも「損失はない」と主張できるでしょうか。その根拠は「はっきりしている」のでしょうか(はっきりしていると思ったら、自分の著作物で試してみてくださいね)。

ところで、共有による損害について「WinnyはCD売上を減らさず」という記事がありました。なかなか興味深い記事です。ここでは CD の売上げのみを対象としており、音楽配信市場への影響までは含まれていないのですが、この記事を取り上げて「権利者の損害はない」と指摘する人もいるようです。2ページ目には、CD売上とダウンロード数を比較したグラフが掲載されているのですが、とくに興味深いのは「いったい、いつからファイル交換ソフトユーザーだけが CD を買うようになったのか」ということでしょう。

コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)のプレスリリースによれば、インターネット利用者のうちファイル交換ソフトを現在利用しているのは9.6%だそうですが、レポートの詳細(PDFファイル)を見ると「現在」というのは「最近の1年間」を指しているようで、ある時点を指しているわけではないようです。たとえば、ネットエージェントによるノード数調査では33万強のノード数が確認されたそうですが、これはブロードバンド契約数(2000万以上)の2%以下です。また、ACCS のアンケートにおいても、利用目的(複数回答)のうち「音楽ファイルがダウンロードできる」を挙げているのは6割程度です。CD は誰でも買うことができるものですから、CD を買っている人々と、ファイル交換ソフトで楽曲交換している人々では、そもそも母集団がまったく違うのです。

「世間一般で化粧品の万引きは、化粧品会社の売り上げにたいして影響を与えていない」→「化粧品の万引き犯を取り締まっても、化粧品会社の売り上げが伸びるわけではない」という理屈を考えればわかるとおり(正しいかもしれないがナンセンス)、このような検証に意味があるとは思えません。この報告を出した田中辰雄氏の肩書きが「慶應義塾大学経済学部助教授」となっていて、3ページ目によれば「経済学者の間では、数字を見て「なるほどそうかもしれない」というリアクションが多い」のだそうです。経済学者の考えることって、私にはよくわからないです。

Winny によるプラス/マイナスの影響を推定するのであれば、Winny ユーザーだけに限定した追跡調査が必要でしょう。実際に追跡することは難しいでしょうが、たとえば ACCS のアンケート調査に「Winny を使い始めてから CD を買う量が増えました(減りました)」とか「DVD にお金を使うように(使わなく)なりました」という項目を追加すれば、プラス(マイナス)の影響を調べることができるかもしれません。もっとも、アンケート調査に正直に答えてもらえれば、ですが。そういえば、「ネット上でテレビ番組を見るようになってから、テレビを見る機会が減った」と書いている人は、よく見かける気がしますね。これって番組の共有と、テレビの広告収入という面において、負の因果関係を吐露しているようにも見えます(もちろん、自作動画の共有を否定していません。念のため)。

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