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なぜ「こんなことも分からないのかよ」がナンセンスなのか?あるいは学校教育と仕事のギャップ

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こないだ新入社員が日報にこんなことを書いていた。

質問して、「こんなこともわからないのか」
と指摘されることを恐れていた自分もいた。
そんな思い込みを捨てて、積極的に質問したい。
指摘されたらそこでまた学ぼう。

自分で自分の姿勢に気づけたのは素晴らしいことだと思う。それは結構難しいから。
そしてステキな決意を読んで爽やかな気分になった。
この日報に対して僕は返信を書いたのだが、この記事ではその時に言いたかったことを、もう少し丁寧に書いてみる。


★「こんなこともわからないのか」は詰め込み教育の弊害的なアレ?
質問に対して「こんなこともわからないのか」と怒る人は、
・良く言えば、質問した人に大きな期待を持っている
・悪く言えば、怒った結果どうなるかをあまり考えていない
・少なくとも、能力において「知っていること」を重視している
人だと思う。

質問したら怒られた。そしたら普通は質問しなくなる。無意識に。
教室だろうが仕事場だろうが、質問しなくなることに、プラスの意味はほとんどない。マイナスしかない。そういう怒り方をしちゃダメでしょう。

あと、「知っていること」の価値はどこまで高いのか?というのも論点になる。(※注)

元々僕は、どちらかと言うと詰め込み教育賛成派である。
モノを考えるというのは「知っていることを順次思い出すこと」なのだから、考えるネタである知識をたくさん脳みそに格納しておくのは、大変価値があるハズだ。アイディア豊富な人、洞察力が高い人は例外なく、たくさんの知識を持っている。
いくらGoogleでなんでも即座に調べられたとしても、考える時に必要な「関連事項を次々と思い出す」という行為には、遅すぎる。
検索項目を入力する時間も合わせれば2秒くらいはかかってしまう。適切にチューニングされた脳みそは0.2秒くらいでやれることだから。

だが、「東大ロボ」で有名な新井紀子教授が

東大ロボが世界史の論述問題(普仏戦争以降のドイツ・フランス関係史を400字で述べよ、みたいなやつ)を解く際は、教科書やウィキペディアから関連しそうな文を取り出し、組み合わせ、最適化して文を作ります。
何ひとつ理解もしないで。
それでも、たいていの高校生よりはよい成績を取ります。

という主旨のことを仰っているのを聞いて、少し考えを改めた。
意味を深く理解せずに単に知識をまとめるだけなら、現在の不完全なAIでもできる。それだけ「単に知っている」ということの価値は下がってきている。


★仕事では、能力と情報量は比例しない
そうは言っても、僕ら日本人は大学受験までの間、「知識を知っている人が評価される」という評価基準のなかで生きる。良い点数を貰えたり、良い大学に入れたり。

ところが働き始めると、実は「知識や情報の多さ」と「その人の能力」は全く別である、という状況ばかりになる。例えば・・


プロジェクトの詳細情報を、責任者である僕が一番知らない、というのは普通なこと。
プロジェクトのある分野の情報を1年生が一番持っている、一番課題構造を理解していることもよくある。


つまり洞察力や分析力などなど、情報量以外のもので勝負する場面が圧倒的に増える。
とは言え、情報が欠けていると判断を下せないので、結果として質問しまくることになる。
「お客さんはなんと言っていた?」
「これ、いままでどういう議論してきたの?」
「お客さんの社内規定はどうなっているの?」
とか。

そういう風に仕事をしていると、「こんなこともわからないのか」と他人をバカにするマインドがだんだん弱くなってくる(もちろん、僕だって昔は豊富にそういうマインドを持ってましたよ)。
若手に結構基本的なことを質問されても、「お、そっから説明が必要?」とは思うけど、喜んで教える。

僕だけでなく、社内では「こんなこともわからないのか」と、先輩が若手を怒っている姿はあまり聞かない。
もちろんゼロじゃないだろうけど、あっても気にする必要はない。そいつがバカなだけだから。
「こんなこともわからないのか」はコミュニケーションを阻害する言葉だというのはみんな分かっているし、自分も分からないこと多いし、教えるのが好きだから(好きじゃないとやってられない)。


★的確に質問するスキルこそが重要
質問しても「こんなこともわからないのか」と怒られない代わりに、「的確に質問するスキルがあるか?」は冷静に見極められる

分からない時に、的確に質問してくれる人には、教えさえすれば仕事を任せられる。
分からないのに質問してくれない人には、教えられない。分からないまま仕事をやられても、たいてい役にたたず、手戻りになる。
つまり的確に質問するスキルは、「誰にどこまで仕事を任せてよいか?」を判断するときの有力な材料なのだ。
僕もたまに若い人から「白川さん、それ意味なくないですか?」だの「そういうの経験ないんで分かりません」だの、指摘というか質問を受けて、ハッとする。
そして2割ぐらいは考えを改めるし、8割ぐらいは「なぜそうするのか/なぜそれが大事か」などを改めて言語化し、噛んで含めるように説明する。
それは僕にとっても、新鮮でよい修行になる。


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15分以上話を聞いて質問を一つもしないのなら、あなたは大きな問題を抱えているんじゃないかという話、あるいは行動のために理解すること

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「ファシリテーターの殿堂」な新オフィスお披露目座談会に登壇したらカオスで最高でした
「ファシリテーターの殿堂」、まじファシリテーターの殿堂(語彙力)

ナミさん、ありがとう!

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