あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

うちの会社がなくなりそうだった時の話、あるいは「働きがい追求⇒利益追求」だと思うわけ

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一従業員としても、経営幹部としても、ウチの会社が社員にとって働きがいがある職場であって欲しいと思っている。それは建前でもお題目でもない。経営の最優先事項だと思っている。

社員が働きがいを感じてくれないと、いい仕事ができない。そうするとお客さんにいいサービスを提供できない。そうすると売上利益が上がらないから、株主へも還元できない。
これは、経営学を学んでいた学生のころから、モヤモヤと考えていたことだ。
「会社は株主のためにある」からといって、「株主の利益追求を真っ先に考える経営」が有効とは限らない。


モヤモヤしていたそんな思いを「やっぱり正しいんじゃないか?」と思うようになった個人的なきっかけがある。今から10年くらい前のことだ。
僕は今から16年前に、30人ほどのケンブリッジに入社した。日本法人を立ち上げてから、1,2年後だったと思う。当時、グローバルで5000人くらいのコンサルティング・ファームで、日本法人も急拡大中だった。


だが入社して2,3年たち、ちょうど社員数が100人超えたあたりで、風向きが変わってきた。
まず世界的なITバブルが崩壊し、グローバルで買収された。ケンブリッジという社名も法人も経営陣もそのまま残ったが、「ソフトウェア製品を売るベンダー企業の一部門」という位置づけになった。

そして日本法人としても、急拡大するために、あまりケンブリッジのカルチャーや方法論に関心がないような人たちがたくさん入社していた。
個々のコンサルタントとして優秀な人も多かったが、おかげで「どういう方針でサービスを提供するか?」「どうやって競合他社に勝つか?」「何が嬉しくてこの会社で働いているのか?」というあたりが、ボケボケになってしまった。

そういった会社方針の不明確さは、「社員数」という、分かりやすい数字になって現れた。毎月のように新入社員を採用するのだが、それ以上の社員が辞めていく。
「もっと○○な仕事がやりたくて」と前向きな理由を語る人もいれば、ストレートに「会社のビジョンが見えなくて不安なんです」と言う人もいた。

いくら終身雇用型ではない外資系企業だからといっても、これだけの人が辞めると、会社の雰囲気は最悪だ。
当時のドヨンとした空気を、今でもよく覚えている。



その時、僕は本にも書いた古河電工さんとのプロジェクトに120%没入していて、自分の会社がヤバそうだとは思っていたが、振り返る余裕がなかった。あまりオフィスにも帰らなかったし。
でも横から当事者意識薄く、ぼんやりと眺めながら思ったのは、「ああ会社って結構あっけなく、なくなっちゃうんだ」ということだった。

しっかりとした大企業や、工場やお店などの「利潤を生む装置」を持っている会社に勤めている人は、あまりピンと来ないかもしれない。
でも、コンサルティング会社は、資産も仕掛けもない。単にノウハウを叩き込んだ人間が一揃いいるだけだ。彼らが全員辞めたら、会社は消滅する。誠にあっさりしている。


ウチの会社があの時消滅しなかったのは、「ケンブリッジ」という会社を愛する少数の人達がいたからだ。カルチャーや、方法論や、これまでの実績や、お客さんとの関係性は、無に帰してしまうにはあまりにも惜しい。
会社全体としてはグダグダになってしまったけれども、個々のプロジェクトを見ると、古河電工さんのように大変高く評価してくれるお客さんもいる。

そうして、色々あったのだが、それまでクライアントとしてお付き合いがあった会社に新たな株主になってもらい、僕らは第二の創業をスタートさせた。


10年ほどたった、今から振り返ってしみじみ思うのは、
「会社は社員でできている」
ということだ。特に僕らがやっている、資産レスのビジネスでは。

そして、社員が働きがいを感じて活き活きと働くような職場を作らなければ、会社は簡単になくなってしまう。

だから僕らにとって、働きがいのある職場を作るということは、「経営が順調にいっている時に、ご褒美としてやること」ではなく、「会社存続の前提条件」である。
会社が死ぬか生きるか、というマジな話だ。

具体的には、
・やりがいがあるプロジェクトを受注する
・尊敬できるお客さんとのみ、お付き合いする
・自分の会社は自分たちで作るカルチャー
・一度社員になったら、使い捨てるのではなく、育てる
というようなことだ。


勘違いされると困るのだが、別に社員に甘い会社を作ろう、という訳ではない。
社員に甘い会社にしてしまうと、例えば「やりがいがあるプロジェクトを受注する」が出来なくなる。誰もアマチュアっぽいコンサルタントに仕事を頼みたくないから。
利益もあげられなくなるし。

だから、仕事では厳しいコメントがビシビシ飛ぶ。例えば人事評価なんかも、100%能力主義だ。これはいろいろとシンドイ。「彼も頑張ってるんだしさー」とかはない。

際限なく福利厚生を充実させるとか、市場価格に比べて異様に高い給料を払う、ということもしない。(高い給料をもらえるように、能力Upへの支援は惜しまないけど)

僕らが目指しているのは、「厳しいが、成長できるし楽しいし自分の会社という実感があるから、働きがいを感じられる場」である。



さらに、最近になって考えていることがある。
今日書いた、優秀な社員に「ここで働きたい!」と思ってもらうかどうが、会社の将来を決定的に左右するという力学は、ほとんどすべてのビジネスにおいて、今後支配的になっていくのではないだろうか。
いまはコンサルティング会社とかGoogleみたいな、「資産レスなビジネス」で先行しているという話であって。10年20年すると、これが普通になる。


例えばシリコンバレーで健康的なランチが食べ放題だったり、社員の事情(犬を連れて来たい、子供を保育園に迎えに行きたい・・)に最大限配慮するようになりつつあるのも、その文脈だと理解しやすい。

マルクスが資本論を書いた頃は、資本が一番希少な資源だった。
資本を集め、兎にも角にもまずは立派な生産装置を作ると、それだけで結構な競争優位性を作ることができたからだ。そこでは労働者はないがしろにされる。ビジネスの最重要資源ではないから。


しかし、今やビジネスをやる上での元手はどんどん小さくなっている。
生産設備は他社のを間借りして済ませる場合も多いから、投資額は小さい。
そして、仮に本当に優秀な人や優れたビジネスモデルがあれば、資金調達は以前に比べればやりやすくなってきた。

つまり、資本の重要性が相対的に低下し、「優秀な人材をどれだけ抱え、彼らが活き活きと働くか」が勝負を分ける時代に、ますますなってきた。

社員の働きがいを今よりずっと重視せざるを得ない時代に、どんどんなってきていると思う。好き嫌いの問題ではなく、水が高いところから低いところに流れるように、そうなるだろう。
というか、既になっていて、日本企業の対応が圧倒的に立ち遅れ、外資系企業やベンチャーに優秀な人材が流れている最中だと思う。
外資系企業はリストラとかするので社員に冷たい、みたいな20年前の認識だとヤバイと思いますよ。社員が転職しやすいからこそ、働きがいを真剣に考える会社が多いと考えたほうがいい。


★追記
「Googleみたいな資産レスな会社」と書きました。特許みたいな無形資産はもちろん、ハードもガッツリ持っているので、おかしいですね。
勢いで書いている最中にも気づいたのですが、「言いたいことは伝わるだろうから、まあいいっか」と思っちゃいましたが、さすがにこれはヒドイ。失礼しました。


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