「カイシンの笑みを浮かべています」「カイシンの出来!」は”快進”や”快心”"ではない。~番長と学ぼう
例えば、
「真央ちゃん、カイシンの滑り、、、カイシンの笑みを浮かべています」
「イチロー選手、カイシンの一打はタイムリー・ツー・ベースとなりました」
「上村愛子、カイシンの滑りながらも無念の4位」
などと、スポーツ選手が素晴らしいPlayをしたときに”カイシン”という言葉が使われることが多い。
なんとなく聞き流しているこの言葉には実は非常に深い意味がある。単に他人から見て素晴らしいものを”カイシンの出来”と言ったり、痛快な笑顔を”カイシンの笑み”と言うのではない。
この”かいしん”は漢字で書くと
”会心”
となる。
「心に会う」と書くわけだ。
「快心」、つまり心が心地良い時を表しているのではなく、
「心に秘めた、決心したものに出会えるほどの内容」
かどうか重要なのである。
イチローの場合は、ホームランは会心の一打にはならず、出塁できるヒットを打つことが会心の一打であるだろうし、真央ちゃんは、減点の少ない方法でポイ ントを稼ぐのではなく、ジャンプと表現力で大きなポイントを取りにくいことが会心の出来なのだろう。(私が決めることではないが、、)
いずれにしても、会心であるかどうかは、
その人が「心に想う」
・理想としてる姿
・目標
・夢
・自分なりの期待
に対して「満足できるイメージに出会えたかどうか」が判断基準になる。
さて、本題の「番長と遊ぼう」の「2011年の自分を表す漢字1文字」だが、
今年の私のテーマは「会心」である。番長のお題に沿えば、
が私の今年の漢字一文字となるだろう。
エリートではない私が、このエリート集団とも言える会社の中で、私なりのやり方で「会心」の仕事ぷりで、結果が残せればいいし、その結果として、、
私の部下や家族、そして、一人でも多くの人に出会い、会合に参加した会衆と、会談し、会話をして、それぞれの人の「会心の笑み」を見られたらと考えている。
自分が知らないうちに上がった数字で結果を達成するのは「会心」ではないし、単にマンガが面白いから笑っているだけの笑いは「会心の笑み」ではない。
私が、そして、私が出会う多くの人が、自分の個性にあった方法で会心の結果を残したときの笑顔が見たいのである。
改めて、今年の私のテーマは