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お肉はおいしい。でも殺すところは見たくない。

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 「ウルルン滞在記」で、モンゴルの家庭に滞在した若い女性が、自分のために生きた羊を捌いているのを見て、涙しているシーンがあった。 その時、モンゴルの家庭のお母さんが「あなたも日本でお肉を食べているでしょ」という話をしていた。

 確かにその通りで、日頃は考えずに食べているものであるが、毎日、何万頭という牛や豚が日本人の胃袋を満たすために殺されているのだ。 生物の”生”を食べて生きるのが動物だとは言われても殺生の場を見ると、いろいろと考えさせられる。

 面白いもので、このモンゴルの両親が日本に来て魚を食べるときに、生きた魚がまな板の上で暴れているのを見て、本気で「可愛そう」だと言っていた。 私たちには、魚が捌かれるよりは、羊が捌かれる姿の方が圧倒的に可愛そうに感じるのだが、、、。

 さて、日本には、海外には無い「いただきます」と言って、殺されて食材となった生き物に敬意を表す習慣を持っている。(食材そのものと、食事の原料を作った人、そして、料理を作った人に敬意を表す)

 せめて、殺生によって私たちは生を維持しているのだから、せめて大切に食べたいものである。

<親が子供に教える魚が成仏できる食べ方>

 私の家族は、骨付きの魚の食べ方が悪く、いつも骨の間や頭部にたくさん身が残っていた。

 「これじゃあ、魚が浮かばれない」と注意していたが、妻も子供も一向になおらず、息子にいたっては「魚は死んだら浮かぶんだよ」と言う始末なので、気持ちよく魚を食べる方法を教えた。

 これは、私が子供の頃、親父から教わったものだが、骨が綺麗にとれるときの気持ちよさと、魚を食べる面倒から開放されることから、魚が好きになるのである。 そして、魚も成仏できる。

Step1.

 寝ている魚の上に面している身を尻尾側から箸で骨にそってカットするようにまずとる。とても綺麗に身だけ取れる。まずはこれを食べる。

Step2.

 下面の身の尻尾付近を箸で押さえて、指で尻尾を掴んで持ち上げれば簡単に、魚の頭から尻尾まできれいに骨だけが魚の形のまま取ることができる。 子供達からは「おーきれいに魚の形だー」と驚きの声。 下面の身を食べる。

Step3.

 頭と尻尾を持って、骨に残った殿様肉(お頭の上部)やスペアリブを食べる(しゃぶる)。

Step4.

 骨が魚の形のまま残って、身がまったく残っていない皿を皆に見せ「綺麗でしょう」と鼻高々に報告する。

Finish.

 綺麗に残った魚の骨に向かって、「ご馳走様」と魚に敬意を表す。

ちなみに、これを教えて子供達は魚を喜んで綺麗にたべるようになったが、妻には効果がなかった。 仕事から帰ってきて、鳥がつまんだような食べ方された魚を見ると、あまりにも可愛そうで、それを肴に酒にして、さらに酒が進んでしまうのである。(酒飲みの言い訳か?)

<魚の食べ方リンク>

さんま☆にぶんのいち(のほほん*)

き魚の上手な食べ方(和食普及研究会)

中魚(マス)の食べ方

<けんじろうとコラボろうの関連リンク>

http://blogs.itmedia.co.jp/kenjiro/cat2010423/index.html

Comment(5)

コメント

阿部 徹

はじめまして

『他の命で
 自分が生きている事に
 目覚める。』

以上 合掌

おおた

『大間マグロの解体ショー』はあちこちであっても、『松坂牛の解体ショー』なんて聞いたことないですものね(笑)。やってることは同じはずなんですがねぇ。

阿部さん
 そうですね。 考えさせられます。
コメントありがとうございました。

おおたさん
 コメントありがとうございます。
 確かにマグロの解体はあっても、牛の解体は日本ではないですね。 そうそう、同じなんですが。

海外に出たとき、「いただきます」と「ごちそうさま」にあたる言葉がなくて、なんとなく食前と食後がしっくりこないことがあります。

ako-san
コメントありがとうございます。
>海外に出たとき、「いただきます」と「ごちそうさま」にあたる言葉がなくて、
 私もそう思います。 作ってくれた相手が目の前に入れば「Thank you for the meal」とか「 I'm done」「I really enjoyed」とか言えますが、、「いただきます」と「ごちそうさま」は「乾杯」(Cheers ! Toast!)的なものですから、どうもしっくりこないんですね。 きっと。

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