恩師を偲んで
私の以前の会社の上司であり恩師の一人とも言える前野さんという方が他界された。
メインフレーム(汎用機)全盛で、VAN元年とも言われた時期に「端末および消耗品販売」を担当する、今から考えれば社内でも日陰部門を、コンサルティングセールス型システム販売が出来る、自由闊達で自分のチームにプライドを持てる強い部隊に育てあげたのが前野さんである。 日ごろ怒ることはないが、常に重みがある。
雨の日に会社の中で一日資料作りをしていても「営業は外に出ろ」とは言わず「今日は天気がいいなー」と言いながら客先に行く気にさせ、本社ビルの建設中に酔っ払って周辺の住民と喧嘩して人事から大目玉食らったときも「若気のいたりだな。でも、二度と人に迷惑をかけるなよ。らんじろうくん」と言うだけだった(賢が覧に似ているのと、私がLANを使ったオープンシステムのビジネスの立ち上げをしたことから、”らんじろう”と呼ばれた)。 また、報告書の誤字脱字や言い回しは、怒ることもなく、赤ペンで丹念に直して戻してくれた。 事業部のキックオフに社長が来たときに、新人が余興でふざけて、会社の社是であった「終身の自己啓発と切磋琢磨」を「終身の自己満足と星ひゅうま」と叫んでいても笑っていた。
また、トラブルの電話でお客様が怒って部長を出せと言われ、私が「前野部長です」と答えると「ふざけるな、前の部長ではなく、今の部長を出せ!」と言われたときに、前野部長に電話を変わると「ご迷惑をおかけしております。 今の部長の前野です」と電話に出るようなユニークな面も持っていた。 入社後、私は2年近く売れず、初受注の内示をもらった案件を2度失注したが、うれしそうに3回も部門のメンバー全員を集めて初受注祝いをしてくれた。
部門のメンバーの失敗を武勇伝でも聞くように楽しめる器の大きさを持っていたが、一度だけ、怒られたことがある。 トラブルで客先に遅刻して言い訳しようとしたときだけは「言い訳はだめだ。らんじろうくん」と雨の中、傘で叩かれた。
部のメンバーは、皆、ぐんぐん成長していたが、特にリーダーが育っていた。 20代の若きリーダーたちが権限委譲されてた中で、自由な発想で営業・商品戦略をたて、実行し、リーダーが責任をとっていた。
私が歴史小説を読むようになったのも、当時、前野さんが最も愛したリーダーであり、常に私の目標の人でもあった現NECネクサソリューションズのCS推進室の我妻 和夫さんの薦めだった。 仕事が終わると、毎日飲み歩き幕末の志士を気取って、会社と日本の将来について語り合っていたものである。
心の整理が付かず予断だらけになってしまったが、なぜ、今、この本を読む気になったかというと、亡くなられた前野さんが当時行っていたようなことを、私がやらなくてはならない時代が来ていることを再認識したことと(リーダーシップや経営者の行動の指標となる本である)、初心に戻りたかったからである。 私はグループウエア、コラボレーションによる企業や組織の改革を推進する身であるが、結局は社員のやる気、想像力を存分に発揮させ、社員に遣り甲斐を感じさせられるリーダーに勝るものはないと感じさせられる。
ご冥福をお祈りいたします。