原子力論考(51)電力系統崩壊の恐ろしさ
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前回・前々回に引き続き、電力システムの話です。電力屋でもない私が書くのも変な話ですが、素人が書く方がある面でわかりやすいかもしれませんので。
今回書く話は、「原発を動かさなくても電力は足りる!」と主張する人がたいていダンマリ口をつぐんでいる内容です。特に、そういう論者は電力の供給力の中に揚水発電を織り込んだ形で計算しているのが通常ですが、それがいかに危険なことかをわかってもらうために書きます。
現在、夏に向けて電力需要が増えるにもかかわらず、すべての原発が止まり電力供給力を積み上げるメドが立たないという状況です。
当然このままだと大停電が起きます。それを防ぐためには関西電力管内では間違いなく計画停電が必要になります。
ところで「大停電」とは一体何なのか。
日本のような電力事情の良い国で暮らしているとこれがピンと来ませんので、世界各国の大規模停電の事例を挙げてみましょう。
■2003年北米大停電
アメリカ北東部・中西部・カナダにまたがる広範囲で起こった大停電で復旧に29時間を要し、アメリカ合衆国4000万人、カナダ1000万人の計5000万人がこの停電による被害を受けた。
■2006年ドイツ大停電
ドイツ北西部の送電線を停止した結果、欧州全域で電力不足に陥り、ドイツ、フランス、イタリア、スペインなど欧州の広域で大停電が発生した。
■2003年イタリア大停電
サルディーニヤ以外のイタリア全域で5600万人に影響
などなど、数千万人規模に影響する大停電の起きた事例はいくつもあります。
いや、それは北米や欧州の貧弱な送電網だから起きることで、日本ではそんなこと起きるわけがない、起きるというのは原発を稼動したい電力会社、原子力ムラの陰謀だ・・・・・と主張する人々が政府機関にもいるのでアタマが痛くなりますが。
「日本では大停電など起きるわけがない」という主張、「原発は事故を起こさない」という安全神話とどこが違うのでしょうか。率直に言って、こういう思考の人々が安全神話を求めてくるから、それに答えざるを得なかった、というのが原子力開発の歴史なんですよ。
逆説的ですが、現下の状況でなお「日本では大停電など起きるわけがない」という幻想にしがみつく人々こそ、安全な電力供給実現への最大の障害です。
さて、それでは「大停電」とはいったいどういう状況か、説明しましょう。
下記の図は電力系統の平常運用時だと思ってください。
平常時は、大小様々な発電所で起こした電力を、送配電網を通して需要地に送り、需要地でその電力を消費する、という形で電力系統は運用されています。そして供給電力と消費電力は「同時・同量」で常にイコールに保たれています。
この「同時・同量」を保つためには、需要が増えたときにそれをカバーできるだけの供給力が必要です。ところが現在はその供給力が足りない状況です。すると何が起きるでしょうか?
まず、需要地Bの需要が増えて全体の消費電力が上がり、供給が追いつかなくなったとしましょう。
このままだと発電機の回転が遅れ始め、周波数が下がり、ついには発電機が空回りを始めます。そうなると発電所の設備が破損し、復旧に数ヶ月単位の時間がかかる場合もあるため、発電所を止めざるを得ません。
ここでたとえば発電所1を止めると、電力供給力が下がります。需要地Aへの送電もカットすると次の状態になります。
相変わらず過負荷状態が続いているため、また周波数が下がり始めます。
やむを得ず需要地Bへの送電もカットするとこうなります。
一転して供給過剰になりますが、こうなると今度は周波数が上がり、またしても発電所設備が破損します。止めざるを得ません。
ということで、発電所2を止めますがそれでもまだ出力過剰です。さらに発電所3を止めると
またしても過負荷状態に戻ります。
こんなふうに行ったり来たりを繰り返すうちに影響が広域に広がり、たとえば2003年の北米大停電ではわずか数分のうちに約6200万kWの電力(ほぼ東京電力1社分)が途絶し、5000万人に影響する事態となりました。こういう現象を系統崩壊といいます。
2003年8月14日 北米北東部停電事故に関する調査報告書 (資源エネルギー庁)
ちょっと待てそんなアホな話があるか、最初の需要地Aへの送電カットしたら、それに合わせて出力落とせばいいだけじゃないか、それで広域大停電は回避できるだろう?
と思いたいのはもっともですが、それが難しいのが「電力」というもので、大型の発電機は短時間で出力調整をすることができません。実際にこの種の系統崩壊が起きるときは数分で進行してしまうため、出力調整は間に合わず、とにかく発電機を電力系統から切り離さざるを得ないわけです。
電力というのは道路とも水道とも違います。
道路だったら、どこか1箇所で事故が起きたからといって全域で交通が止まることはありません。
電力ではそれが起こりうるわけです。
水道はどこか1箇所の水道管が破裂しても全域で水が止まることはありません。
電力ではそれが起こりうるわけです。
電力というのは、要は「電線がつながっている範囲は瞬時に影響が及ぶ」わけです。300km向こうの送電線が切れても一瞬で影響がやってきます。だから、電力供給力は必ず需要以上に維持しなければなりません。それができないと予測不能の広域停電を起こします。
ちなみに、揚水発電というのは「出力を短時間で増減させる能力」がきわめて高い電源ですので、本来は、「発電所の事故があってもそれを代替できるだけの余力を揚水発電に残した状態で運用すること」が望ましいわけです。揚水発電の能力をつねに供給力として当てにするような体制は、とても「電力が足りている」とは言えません。
■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ
今回書く話は、「原発を動かさなくても電力は足りる!」と主張する人がたいていダンマリ口をつぐんでいる内容です。特に、そういう論者は電力の供給力の中に揚水発電を織り込んだ形で計算しているのが通常ですが、それがいかに危険なことかをわかってもらうために書きます。
現在、夏に向けて電力需要が増えるにもかかわらず、すべての原発が止まり電力供給力を積み上げるメドが立たないという状況です。
当然このままだと大停電が起きます。それを防ぐためには関西電力管内では間違いなく計画停電が必要になります。
ところで「大停電」とは一体何なのか。
日本のような電力事情の良い国で暮らしているとこれがピンと来ませんので、世界各国の大規模停電の事例を挙げてみましょう。
■2003年北米大停電
アメリカ北東部・中西部・カナダにまたがる広範囲で起こった大停電で復旧に29時間を要し、アメリカ合衆国4000万人、カナダ1000万人の計5000万人がこの停電による被害を受けた。
■2006年ドイツ大停電
ドイツ北西部の送電線を停止した結果、欧州全域で電力不足に陥り、ドイツ、フランス、イタリア、スペインなど欧州の広域で大停電が発生した。
■2003年イタリア大停電
サルディーニヤ以外のイタリア全域で5600万人に影響
などなど、数千万人規模に影響する大停電の起きた事例はいくつもあります。
いや、それは北米や欧州の貧弱な送電網だから起きることで、日本ではそんなこと起きるわけがない、起きるというのは原発を稼動したい電力会社、原子力ムラの陰謀だ・・・・・と主張する人々が政府機関にもいるのでアタマが痛くなりますが。
「日本では大停電など起きるわけがない」という主張、「原発は事故を起こさない」という安全神話とどこが違うのでしょうか。率直に言って、こういう思考の人々が安全神話を求めてくるから、それに答えざるを得なかった、というのが原子力開発の歴史なんですよ。
逆説的ですが、現下の状況でなお「日本では大停電など起きるわけがない」という幻想にしがみつく人々こそ、安全な電力供給実現への最大の障害です。
さて、それでは「大停電」とはいったいどういう状況か、説明しましょう。
下記の図は電力系統の平常運用時だと思ってください。
平常時は、大小様々な発電所で起こした電力を、送配電網を通して需要地に送り、需要地でその電力を消費する、という形で電力系統は運用されています。そして供給電力と消費電力は「同時・同量」で常にイコールに保たれています。
この「同時・同量」を保つためには、需要が増えたときにそれをカバーできるだけの供給力が必要です。ところが現在はその供給力が足りない状況です。すると何が起きるでしょうか?
まず、需要地Bの需要が増えて全体の消費電力が上がり、供給が追いつかなくなったとしましょう。
このままだと発電機の回転が遅れ始め、周波数が下がり、ついには発電機が空回りを始めます。そうなると発電所の設備が破損し、復旧に数ヶ月単位の時間がかかる場合もあるため、発電所を止めざるを得ません。
ここでたとえば発電所1を止めると、電力供給力が下がります。需要地Aへの送電もカットすると次の状態になります。
相変わらず過負荷状態が続いているため、また周波数が下がり始めます。
やむを得ず需要地Bへの送電もカットするとこうなります。
一転して供給過剰になりますが、こうなると今度は周波数が上がり、またしても発電所設備が破損します。止めざるを得ません。
ということで、発電所2を止めますがそれでもまだ出力過剰です。さらに発電所3を止めると
またしても過負荷状態に戻ります。
こんなふうに行ったり来たりを繰り返すうちに影響が広域に広がり、たとえば2003年の北米大停電ではわずか数分のうちに約6200万kWの電力(ほぼ東京電力1社分)が途絶し、5000万人に影響する事態となりました。こういう現象を系統崩壊といいます。
2003年8月14日 北米北東部停電事故に関する調査報告書 (資源エネルギー庁)
ちょっと待てそんなアホな話があるか、最初の需要地Aへの送電カットしたら、それに合わせて出力落とせばいいだけじゃないか、それで広域大停電は回避できるだろう?
と思いたいのはもっともですが、それが難しいのが「電力」というもので、大型の発電機は短時間で出力調整をすることができません。実際にこの種の系統崩壊が起きるときは数分で進行してしまうため、出力調整は間に合わず、とにかく発電機を電力系統から切り離さざるを得ないわけです。
電力というのは道路とも水道とも違います。
道路だったら、どこか1箇所で事故が起きたからといって全域で交通が止まることはありません。
電力ではそれが起こりうるわけです。
水道はどこか1箇所の水道管が破裂しても全域で水が止まることはありません。
電力ではそれが起こりうるわけです。
電力というのは、要は「電線がつながっている範囲は瞬時に影響が及ぶ」わけです。300km向こうの送電線が切れても一瞬で影響がやってきます。だから、電力供給力は必ず需要以上に維持しなければなりません。それができないと予測不能の広域停電を起こします。
ちなみに、揚水発電というのは「出力を短時間で増減させる能力」がきわめて高い電源ですので、本来は、「発電所の事故があってもそれを代替できるだけの余力を揚水発電に残した状態で運用すること」が望ましいわけです。揚水発電の能力をつねに供給力として当てにするような体制は、とても「電力が足りている」とは言えません。
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