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忙しさの質:社長の仕事と学生の勉強は意外に似ている?

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小俣さんの「忙しい」というのは、時間的に忙しいことだけではないを読んで共感したので一言。

経営者は、「作業」よりも、「考えること」や「チャンスに食いつくためにすぐに動ける余地を残す」ために忙しいのだということには、同意することしきり。

ところでこの話、経営者だけでなく、学生の立場でも同じことを感じる。

この4月から早稲田大学スポーツ科学科社会人修士1年生コースに籍を置いているのだが前期(9月まで)は本当に地獄のようだった。
毎日18:15から1921:25まで、土曜日は9:00から夜遅くまで授業があったので、かなり(物理的に)忙しかった。
一体いつ仕事をしていたのだろう?(失礼!)と記憶にない。

さて、10月からは授業ががくんと減り、論文を書くフェーズになった。
だから、忙しくないかというとそういうことはない。
むしろ、精神的には今のほうが忙しい位だ。

大学で単位を取る(授業を受ける)というのはイベントドリブンのタスクだ。
つまり、授業に出席して、与えられた課題を行い、すべて細かく納期があり、タイムフレームに融通が利かないので物理的に忙しい。

かたや、論文を書くというタスクは、納期設定は遠いし、確固たる中間納品物も少ないので、マイペースでタスクを設定でき、時間に追い立てられることはない。
しかし・・・精神的に忙しい。

「考える」という仕事に終わりはない。論文のテーマは自分で決めるもので人に指示されて行うものでもない。時間をかけたから、名案が浮かぶということでも必ずしもない。
が、名案を浮かばせるために、ちょこまか行動してみる(識者に教えを請う、仲間とブレストする、先人の業績を読む)ことは大事である。

会社を経営をしながら学生をすることは、違うタスクで気分転換になってよいなぁと当初は思っていた。
しかし、論文作成フェーズになり、なんだか普段の仕事で要求されることと同じなので、気分転換にならず、ストレスが倍になることに気がついた(笑)

考えることと作業を行うこと。ポジションやフェーズによって理想の比率は異なれど、好循環に行いたい。

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