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ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

池上彰氏でさえも――出版社は「IT校閲」を!

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ビジネスに強いITライターの森川滋之です。

最初にお断りしておきますが、この投稿は池上彰氏をおとしめる目的で書くものではありません。

僕は池上氏を尊敬すると同時に高く評価しており、その池上氏でさえこんな間違いをしでかすのだから、(ほかの専門分野についてはわからないけれども、こと)ITに関しては、出版社はきちっと専門家に校閲してもらわないといけないという問題提起をしたいのです。

このような問題は池上氏一人の責任に帰すものではありません。本人と池上氏のスタッフはもちろんですが、それに関わる出版社やテレビ局も含めた問題です。

これを書くことで、もしかしたら僕の仕事につながるかもしれないという気持ちがないといえば嘘になります。しかし、書き始めた動機としては、後述するような残念さと、そのような残念な思いをする読者を減らしたいという考えのほうが強いです。

ですので、下に実例として挙げた「間違い」部分のみを引用して、「池上氏は信用できない」というような拡散は絶対にやめてください。

今回は「池上氏だから」書くわけで、たとえば「自分はITに強く、今のIT状況などは10年前に予言していた」というようなことを平気で主張しているようにみえるカリスマコンサルタント氏などは、もっとひどい基礎的な間違いをしているのを見たことがあります。その他、そんな人はたくさんいます。

オルタナティブ・ブログの読者なら、何度もそのような記述を発見したことがあるでしょう。

僕も皆さん同様、そんなのは無視してきました。しかし、池上氏に関しては、「無謬に近いものを目指していただきたい」と考えているので、迷った末に指摘しました(人の間違いを指摘する者は、自分も指摘されることを覚悟しないといけませんので)。

嗤う人もいるでしょうが、僕は「池上彰が間違ったことを言うなら、もう日本のメディアで信用できる人間はいない」と思っているのです。もちろん、彼だって完璧な人間ではないでしょう。講演などでは、うっかり間違いを口にするかもしれません。

しかし、書籍にする前に間違いがないようにチェックしていないのだとすれば、それはやはり怠慢です。それが1つや2つでないから問題視しています。

● 池上彰氏の本を読み漁った11月

僕は正直池上彰氏の熱心な読者ではありませんでした。テレビで見る限り、すごく上手にわかりやすく「プレゼン」ができる方だが、知識は広く浅いのだと思っていました(ITについては浅いと判明しましたが)。

たまたまこの11月の初頭に、出張の移動中の暇つぶしに買った佐藤優氏との共著『大世界史』を読んで、それは勘違いだと知りました。

僕は大学で一応日本史を専攻していたので、少なくとも歴史についてはちゃんと勉強している人かどうかをある程度は判定できます。しっかりした歴史観を持っているし、よくここまでわかりやすく解説できるものだなと思いました。

たとえば池内恵氏の『イスラーム国の衝撃』はかなり歯ごたえのある本だと僕には感じましたが、『大世界史』を読んでから再読するとずっとわかりやすくなります。池上氏の力量を感じます(佐藤氏も。佐藤氏の本もかなり読ませていただきました)。

おかげで現在のわかりにくい世界情勢が多少はわかるようになったので、このことに感激し、11月は時間があれば池上氏の本を読んでいました。

池上氏の本はいろいろな意味で参考になります。複雑な世界情勢を歴史や地理や経済を総合した形で理解する助けになりますし、ライターとしては難しい話をわかりやすく説明するためのノウハウを学ぶこともできます。一挙両得なのです。

池上氏に心酔しきっていたわけですが、最後の最後であんな冷や水を浴びせられるとは思っていませんでした。

● Lecture 7の間違いの数々

12月は忙しいし、そろそろ池上氏の本も一段落しようと思いました。最後に読んでいたのが『池上彰の「経済学」講義 ニュース編』(KADOKAWA)でした。僕が読んだのはKindle版です。

その最後も最後、「Lecture 7 企業の成長と衰退を考える スターバックス、マイクロソフト、アップル、アマゾン」を読んでいて、僕は心底がっかりしたのです。

マイクロソフトとアップルの歴史の部分で、池上氏がしていた事実誤認を下記に列挙します(>のあとは前掲書からの引用で、行をあけてコメントを入れました。/は改行を表しています)。

>30年くらい前のコンピュータは、電源を入れると、いきなりただ真っ黒い画面に光の点滅があるだけだったのです。(位置№ 5323/5962 あたり)

嘘とまでは言いませんが、最初に違和感を感じた部分です。1979年にはPC-8001が発売されていて、電源を入れればベーシックインタプリタが起動しましたから、「30年前くらい」(1985年前後)のコンピュータのイメージとしては違和感があります。

>MS-DOSという、コンピュータを動かす簡単なコンピュータ言語というものをつくり出したのですね。(位置№ 5337/5962 あたり)

すでにこのあたりで「オイオイ」と思い始めました。このぐらいでやめてくれよと祈る思いになりました。

MS-DOSは「コンピュータ言語」ではありません。立派なとは言いませんが、一人前のOSです。直後に「それが発展したものがこちら。OS(オペレーティングシステム)ですね。たとえば、Windowsというのがそのひとつです。」とあるので、池上氏がMS-DOSをOSと認識していないのは明らかです。池上氏のいうOSとはGUIのものなのでしょう。

>電源を入れると、いきなりOSが立ち上がる仕組みになっています。もともとは、こんなものはなかった。自分でコンピュータを動かさなければいけなかった。ところが、このOSができたことによって、誰でもパソコンが扱えるようになったわけなのです。(位置№ 5343/5962 あたり)

間違いというには微妙なところですが、OSに関して間違った認識を持っているため、正しいとは言えない文章になっています。

OSがなくても、PC-8001、8801、あるいはFM7などは「自分でコンピュータを動か」すという感覚ではありませんでしたし、OSがあるからといって「誰でもパソコンが扱える」というのは正しいとは言い切れないでしょう。

ただ、(特に後者は)言いがかりだと言われれば、そうかもしれません。しかし、一度違和感を持ってしまうと、こういう箇所も気になって仕方なくなるわけです。

>IBMはパソコンの分野に進出しますが、パソコンを動かすためのOSをつくることができなかった。(位置№ 5361/5962 あたり)

IBMは汎用機のOSを作っていたんですよ。パソコンのOSが作れないわけがありません。ただ、パソコン分野に進出するために、早期に低コストでという目標があったため、買うことを選んだというのが本当のところです。まあ、体制や社内政治の問題で「できなかった」と言っているんだと言われればそれまですが、読む人はIBMに技術力がなかったように受け取るでしょうね。

>これ自体もマイクロソフトが自ら開発したものではありません。別の会社がMS-DOSというものを開発したことを知ったビル・ゲイツがこれを安く買い取ったのですね。(位置№ 5364/5962 あたり)

正確とはいえません。「シアトル・コンピュータ・プロダクツ社のQDOSを開発者込みで買収しIBM PC用に改修した」(Wikipedia)というのが事実に近いです。僕は、「開発者込み」とは知りませんでした。未完成のQDOSを買って、マイクロソフトがIBM PC用に完成させたといえば、これは事実だと思います。

>インターネットの検索と言えば「ネットスケープ」でした。圧倒的な力を持っていたのですが、いまはネットスケープなんてほとんど聞きませんよね。どうしてなのか?。(位置№ 5395/5962 あたり)

池上氏はブラウザと検索エンジンの区別がついていない節があります。ブラウザを起動すると初期画面が検索画面になっていることが多いからでしょう。

まあ、前後の文脈から判断すると、「池上氏は当初ネットスケープを使っていて、それを使ってよくネットの検索をしていた」と読めなくもありません。なお、「ネットスケープ」はたしかに聞かなくなりましたが、オープンソース化され、今でもFirefoxの中にその血脈は生き残っています。

>四国・徳島のジャストシステムという会社が開発した、ワープロソフト「一太郎」、そして表計算ソフトの「花子」です。(位置№ 5419/5962 あたり)

この投稿をしようと決心した箇所です。ワードとエクセルがワープロと表計算ソフトの組み合わせなので、一太郎と花子もそうだと思ったのでしょう。花子は、グラフィックソフトです。当然エクセルのせいでなくなったわけではありません(そのように解釈している記述が後にあります)。花子の市場シェアがなくなったのは(注)、プレゼンソフトであるパワーポイントの描画機能があまりにもよくできていたからでしょう。

>これは日本語に特化していて、最初から縦書きを考えてつくられたソフトでした。(中略)一太郎は最初から縦書き仕様です。(位置№ 5422/5962 あたり)

微妙だなあ、これは。確かにワードと比べると縦書きでも使いやすいですが、一太郎を使ったことがない読者には、縦書きで使うのがデフォルトだったと誤解されても仕方のない書き方になっています。パソコンのソフトですから、横書きがデフォルトでした。池上氏はたぶん縦書きモードで使っていたのだと思いますが、それは秘書のような方が設定してくれていたのでしょう。

>でも、Windowsのパソコンを買うとワードとエクセルがもれなくついてきます。(位置№ 5434/5962 あたり)

そういうパソコンも多かったですが、ついていないモデルを選ぶことも可能でした。昔はワードやエクセルも高かったですから。

池上氏は、インターネット・エクスプローラーと同じ戦略で、マイクロソフトが安くワードやエクセルをバンドルして普及させ、一太郎ほかのソフトを駆逐したと考えているようですが、事実は違うと思います。インターネット・エクスプローラーはOSの一部だと「ごり押し」したのに対し、ワードやエクセルもそうだとはさすがのマイクロソフトも言っていません。一太郎がワードに負けたのは、Windows対応がいまいちだったからだと僕は思います。

特にワードの中でエクセルの表が使えるといった連携機能(OLE2)が画期的でした。一太郎と花子は、技術的に負けたのです。

>インターネットが発展しましたね。インターネットの発展に対して、マイクロソフトはいささか立ち遅れました。さらにいまはクラウドの時代ですよね。(中略)クラウドという流れの中で、マイクロソフトはいささか苦戦しています。(位置№ 5451/5962 あたり)

GoogleやFacebookのような新しい業態の企業と比較したら「立ち遅れ」たかもしれませんが、Windows 95のおかげであれだけインターネットが身近になったといえますし、その分マイクロソフトもインターネットから利益を得たといえるでしょう。

またクラウドに関しては、この本の基になった講義が2014年時点なので、このような解釈も無理はないかもしれません。ですが、2015年現在のマイクロソフトのクラウド戦略はなかなか見事だといえますし、現在やっていることは、すでに2014年にやっていたことの延長線上です。

>Macintosh(マッキントッシュ)というパソコンです。/最初はそれこそ家のガレージでこのコンピュータを手づくりするところから始めていったのですね。(位置№ 5495/5962 あたり)

ガレージで作っていたのは、AppleⅡまでと記憶しています。Macintoshをガレージで作るのは、ちょっと無理でしょうね。Macはアップルがすでに数億ドルの開発費が使えるようになってから開発されました。

>「iMac(アイマック)」/というコンピュータでした。いまから20年ほど前です。(位置№ 5499/5962 あたり)

うーん。1998年発売なので、講義があった2014年時点では「16年前」ですね。コンピュータの世界は日進月歩なので、4年の違いは大きいなあ。ただ、誤差範囲という人もいると思います。

僕がここを問題視する理由は「30年くらい前のコンピュータは、電源を入れると、いきなりただ真っ黒い画面に光の点滅があるだけだった」と書いたからなんですね。この講義に出席した若い人たちは、たった10年でコンピュータはものすごく進歩したんだなという印象を受けたことでしょう。

いくら日進月歩でも、10年ではそこまで変わりません。若者を惑わしてはいけない。

● 信頼性が大きく損なわれたのは事実

引用とコメントが長くなりました。中には揚げ足取りに近いのもあるかと思います。

しかし、オルタナティブ・ブログの読者なら、「え? こんな間違いをしているの?」という部分があったと思います。そう、ある程度以上のパソコンユーザーには常識的なことばかりですよね?

ですので、大いに気になってしまいましたし、このことによってほかの部分の信頼性が大きく損なわれたのは事実です。

もったいない――これが、僕の偽らざる感想でした。そして、残念さがこみ上げてきました。

なぜ、この程度のことを、KADOKAWAほどの大出版社がチェックしないのだろうか? 文系バリバリの編集者には無理かもしれません。実際にブツを見たことのない若い人にも難しいかも。しかし、専門家にちょっと見てもらえばいいじゃないですか。

専門家までいかなくてもいいです(厳密過ぎるかもしれないし)。ちょっとパソコンに関わったことがある人なら、僕が挙げた箇所ぐらいは「間違いの可能性がありますよ」と指摘してくれるはずです。

本当にもったいない。

おそらく、IT以外でも理系的な専門知識に関しては、間違いが大量にあるものと想像できます。

これは池上氏のみならず、KADOKAWAにそのようなチェック体制がないわけだから、KADOKAWAの本全体にそのような疑惑を持たざるを得ません。ちなみにこの講義を放映していたテレビ東京も、WBSなんかでビジネスマン系の人がIT関連の話をしているときには眉につばをつけて聞くべきでしょう。

この本に関していえば、チェックのタイミングは最低2回ありました。

まず、池上氏が講義の準備を終えたタイミングです。テレビ放映するわけですから、事前に事実誤認がないか確認してもよかったのではないか。池上氏のスタッフやテレビ東京のスタッフは何をしていたんでしょう?

次に本のゲラチェックのタイミングです。結構小規模な出版社でも、執筆に関わっていない外部の会社や人間に客観的にゲラチェックをしてもらっています。KADOKAWAはそれをしていなかったのでしょうか?

もう1つあるとすれば、電子書籍化したタイミングです。まあ、紙の書籍で漏れちゃったことがここで改修できるとは思いませんが、Kindle版になるとIT関係者の読者が増える傾向にあるので、IT関連の記述に関しては注意すべきだと言っておきましょう。

もう一度書きます。僕は「池上彰が間違ったことを言うなら、もう日本のメディアで信用できる人間はいない」と思っているのです。なので、残念で無念で仕方ありませんでした。これは本気で言っていますが、「僕に間違いを指摘される池上彰って・・・・・・」と思いました。

最後にもう一度提案します。タイトル通りですが、出版社はIT関連の校閲を必ずするべきです。結構な有名人たちも、いっぱい間違いをやらかしていますから。

※ちなみにこのLecture 7の参考文献を見たら、IT関係のものは1冊もありませんでした。

※フォローしておくと、このLecture 7はビジネスモデルの話がメインで、IT関係の細かい話は本当はどうでもいいのかもしれません。パソコンのことを知らない人なら何の違和感もなく読めますし、ビジネスモデルの解説に関して言えば僕は感心して読みました。だから、玉に瑕みたいな話ではあります。しかし、ビジネス本かもしれないけれど「聖徳太子の時代に小野妹子という女性が・・・」なんて出てきたら、やっぱり残念でしょう? どこまで信じていいんだろうと思わざるを得なくなります。

(注)この箇所は当初「花子がなくなったのは」と書き間違えておりました。ご指摘をいただいたので修正し、お詫びいたします。

▼「ITに強いビジネスライター」森川滋之オフィシャルサイト

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