あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

マービン・バウワーは「メモ」でプロフェッショナル集団を作った、あるいは意見メールのススメ

»

「マッキンゼーを作った男 マービン・バウワー」という本を7年くらい前に読んだ。
それまでの、経験豊富なグレイヘア・コンサルタントではなく、事実と論理をベースにしたプロフェッショナルコンサルティングサービスという産業自体を作り上げた男の話だ。

バウワーはことあるごとに「メモ」を書いていた。備忘メモではなく、「他の社員に向けた回覧メッセージ」みたいな文章のことだ。
例えば、「クライアント先に、アーガイル柄の靴下を履いて行ったらなぜいけないのか?」みたいな、些細なことも、丹念に文書にして、社員に読ませる。
もちろん、コンサルティングサービスのあり方、みたいな本質的な内容であることも多かった。


大事なのは、こういったことを「ルール」として制定したり、「上役からの命令」として指示しなかった、ということだ。伝える相手は単なる部下ではなく、「自分の頭で判断する、一人前のプロフェッショナル」であって欲しかった。そのためには靴下の柄まで指示するのは逆効果だ。
ただし(少なくとも当時のビジネス環境では)、大企業に行く時にスマートな格好は重要だと彼は考えた。

そこで、そのあたりの理路をきちんと文章にし、伝える方法をとったのだろう。
もちろん、オフィスが全米(全世界)に散らばっていたために、朝礼で言って聴かせる以外の方法を採用した、という事情もあっただろう。



この本を読む前から、僕も「意見メール」をよく書いていた。
プロジェクトで重要だと思うこと、今何が起きているか、などについて、気が向くとそこそこ長く書く。宛先はプロジェクトで一緒に働く同僚だったり、お客さんにも読んでもらうこともあった。
しばらくして、僕の関心が1プロジェクトから会社全体に向いてからは、全社員宛にメールするようになった。

最近では、「社外のスペシャリストの方々とのコラボレーションを促進すること」について。
少し前には「なぜ僕らのビジネスにとって、ノウハウをOpenに公開することが大切か?」について。
お客さんと泊まり込みの合宿を企画するメリットを紹介したこともあった。

いきなり書き始めることもあるし、誰かの何気ないメールを引用する形で、返信をいっぱい書くこともある。
そのままこのブログにコピペしてもいいんだけど、守秘義務の問題もあるし、うちの会社のちょっとかっこ悪い話もあるので、なんとなくブログとは別シリーズという位置づけになっている。僕の中で。


そこそこ時間をかけて、こういう長めのメールを書くのには、いくつか理由がある。
まずは単純に文章を書くのが好きだから。仕事のやる気がでない時に、気晴らしに書いたりする。

もちろん、マービン・バウワーみたいに、自分のメッセージでプロジェクトや会社を良い方向に導きたい、という気持ちもある。
自分でものを考えられる自律的な戦う集団はこうやって作るものだ、という意識が多少なりともある。(他の方法を知らない)

マービン・バウワーの頃よりもいいのは、メールで簡単に送れること。
そしてほぼリアルタイムで反応が帰ってきたり、議論が巻き起こること。
つまり、他の人が意見を表明するきっかけにもなっている。メールって便利ですね。今更ですが。




あと、これは事後的に気づいたのだが、自分の意見をきちんと文章化する訓練になっていた。
よく「修行のためにブログを書こう。アウトプットが圧倒的成長を導く!」みたいな鼻息荒い記事がある。でも、仕事の文脈を共有していない他人にもわかるような文章を書くのは、結構ハードルが高い。
その点、同じプロジェクトの人に自分の意見を書くのは、ずっと簡単だ。やっている仕事や立場を全部書かなくても、読み手が補ってくれるからだ。
基本的には信頼関係があるから、炎上も少ない(ないわけではない)。


僕は仕事について文章を、
・意見メール(この記事のテーマ)
・1冊目の本
・ブログ
・2冊目の本
という順番で修行していった。


結果として、少しややこしいことをきちんと説明するときは、口頭・対面で話すよりも、文章に起こすほうが、言いたいことをきちんと表現できるようになった。
(読んだ人がそれを誤解なく理解するかどうかは、また別の話なのだが・・)

口頭で話すのって、頭が完全に整理できていないまま話してしまうことが多いから、「ちょっとわかりにくいな」「実はロジックが通ってないな」と思いながら話すことも多いんだよね・・。
文章の場合は、そういうあやふやな部分を整理しきらないと、文章にならない。それが文章の最大の利点だ。
書きながら「で、何がいいたんだっけ?」と自問自答する。

そしてこうやって文章に1回すると、頭が整理されるから、次に口頭で話す場合も、ずっとわかりやすく話せるようになる。

いきなり本を書くとか、ブログを毎日更新するとかは難しいので、まずは身の回りのことについて、意見を言語化する訓練がいいと思う。



★参考記事
日報を書き続けることの意味、あるいは結局ひとを育てるのは自分だということ

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する