あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

二流のリーダーには決して言えないこと、あるいは品質管理の奥深さ

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★そこ、品質そんなにあげなくて良いよ
突然だが、あなたは自分の上司に「そこの品質はそんなにあげなくて良いよ」と言われた経験があるだろうか。
そんなこと、言われた経験がない人の方が多いのかも、と昨日風呂に入っている時にふと思った。
というのは、うちの会社では日常的にそういう会話がある。僕も若手コンサルタントの時に何度か言われた。だから、これが普通のことなのか、他の会社ではあまりないことなのか、よく分からなくなっている。

★品質あげろと言うのは簡単
多くの会社では、上司が部下の作ったもの(企画書やらソースコードやら)をチェックして、ダメ出しを日常的にやっている。
そのときは「品質がいまいちなところ(ごそっと抜けモレしていることも含めて)を指摘して、品質を上げさせる」が、上司の役割だ。

でも、品質あげろというのは、当たり前というか、正論というか、極論すれば誰でも言えるんだよね。
うちの娘が5才の時、僕にくれたお手紙を披露させていただきたい。

だい②もん
おとうちゃんは「じ」があまりにもひどすぎます。
もうちょっと「じ」をきれいにして、こどもにわらわれないようにしてください。

なぜ第2問なのかは分からないけれど、子供ながら、帰りが遅い父親にわざわざ手紙を書くほど、大まじめな主張だと言うことは伝わった。伝わりますよ、相手は親ばかですから。

で、ここで言いたいことは「品質が劣る所を発見して、それを片っ端から指摘し、あげろと迫るだけなら、5歳児でも出来るでしょ」ということ。
もちろん、仕事の成果についてのダメ出しは5歳児には出来ない。でも、ダメかどうかを判断さえ出来れば、指摘すること自体は簡単である。

★逆はずっと難しい
僕は娘の必死の訴えを華麗にスルーして、未だに字は汚いままだ。
「おとうちゃんにとって、いま優先的に時間を投入するべきは、ペン習字なのか?」
という問いをたて、それを考慮した上でのアドバイスなりご指導だったら、多分耳を傾けていたのだが。
(ああ、これを書いていて、前の会社の上司の口癖が「白川、おまえ字を練習しろ」だったのを思い出した。もちろんそのときもスルーした。まあ、ちょっと変わった会社でしたね。)

そろそろ本題に移ろう。
「品質が低いからあげろ」と指摘するより、「そこ、あげなくて良いよ」と指摘する方がずっと難しい。難しいだけじゃなく、それこそが、リーダーが判断しなければならないことだと思うのだ。

僕らの会社で「ここは品質をあげなくて良いよ」という会話があるからといって、品質にこだわりがないわけではない。当たり前だ。品質にこだわりがない会社は生き残れない。
(ちなみに、僕らの場合「品質」とは、コンサルティングサービスの品質、プロジェクトの検討品質を指す。狭義にはそれを表現した文書類も指す)

品質をないがしろにしているのではなくて、
「とことんこだわっているからこそ、優先度が落ちるところ、お客さんにとって本当には大事ではないところには多少目をつぶり、本当に大事な所に、とことん時間を使う」というポリシーなのだ。
何でもかんでも品質を上げろ、と指示を出すと言うことは、結局は漫然と頑張れと言っているのと同じだ。それよりは、どうでも良いところを教えてあげる方が、ずっと価値が高い。トータルでの品質向上に役に立つ。

★だから、リーダーの仕事
そして、
・目をつぶっても良いところ
・お客さんにとって、本当には大事じゃないところ
は、担当者にはなかなか判断できない。

・お客さんは元々何に関心があるか
・お客さんと期待値の確認をしてあるか
・プロジェクトの今後に影響が大きいところはどこか
・後々大きなリスクがあるのでしっかり見極めが必要なのはどこか
などなど、全体感を持っていないと判断出来ないからだ。だからこそ、逆に言うと「ここは品質あげなくて・・」と指摘するのはリーダーしかできない。

冒頭の質問に戻ろう。もし自分の上司に「そこの品質はそんなにあげなくて良いよ」と言われた経験があるのであれば、その上司は結構凄い人かもしれない。
多分その裏には
「そこではなくて、別の所をしっかりやって」
「それをやるために今晩残業するくらいなら、明日、しゃっきりした頭で仕事して」
というメッセージが隠されているからだ。

なにより「品質あげなくて良い」と言い切るためには、一種の漢気(おとこぎ)というか、「品質あげないことの責任は俺が持つ」的な気概が必要だから、たぶん格好いい上司でもあるはずだ。

逆にほとんど言われたことがなければ、
1)あなたの仕事の品質が、おしなべて低い。組織にとって許容できないくらいに。
か、
2)あなたの上司が、仕事のメリハリを指示できない二流のリーダーである。
のどちらかである。

漢気がないから、「俺も上にいわれたくないから、無駄かもしれないけど品質あげといて」という保身的なマインドも隠れているかもしれない。

社会人として、1)と2)のどっちがマシな状況かは、微妙ですね。

まとめ。
品質をあげなくて良いところはどこか、考えてみよう。あなたがリーダーだったら、あげなくて良い所を教えてあげよう。でも難しいよ。
今日はここまで。

Comment(8)

コメント

edo13th

選択と集中という話をわかりやすく噛み砕いていていい話ですね
全てのこととを最高にするにはリソースが足りないので必要なことですが、
老舗やかつての大手であればあるほど忘れてしまってますね

ありがとうございます。
転職前は「全てのことを完璧に」「バグ0以外はあり得ない」といったソフトウェアの会社に勤めていたので、こういうスタイルに最初は戸惑いましたね。カルチャーショックというか・・

木村祥久

合理主義的な話ですね。全体最適化のためには局所最適化を捨てるとか、そんな意思決定とも共通するかなと。頭の中に戦争シミュレーションゲームが思い浮かびましたが、長くなるのでその話は止めておきましょう。話は変わり、最近は習字も進化していて呉竹の「水でお習字」は墨を使わずにいくらでも練習できるという優れものです。子供だけじゃなく大人も楽しめますよ。

木村さん、
「水でお習字」は確かに手軽ですね。娘とやってみようかな・・

ardbeg32

間違った目標を信じてる人がこの「選択と集中」を言い出すと悲惨ですよ。(旧日本軍のように)
「当部の仕事は××なんだから、そんなセキュリティについてのチェックや報告なんかで遊んでるんじゃない!」
いやウチの部にとっては確かにそうなんですけどね、あなたと一段ものの見方が違う偉い人からはコンプラがらみのセキュリティチェックは優先的に品質を上げなくてはいけない大事な仕事なんですが・・・
「隊長!兵隊の食料がありません!」「それがどうした!まずは敵に向かって進め!」

ardbeg32さん、
おっしゃるとおりですね~。
「二流のリーダーには言えない」とタイトルを付けたのですが、書きながら、「ま、言えたからといって一流とは限らないよね」と自分つっこみしてました。それも書き始めるとややこしくなるので我慢しましたけど。

匿名

品質という表現が間違っているように思います。
なんかピント来ないです。
客先要求に応えるのは当たり前で、その客先要求に応えるべく、どこを管理しなくてはいけないのかを、設計段階から工程までも含めて、管理ポイントを抑える努力を、していくのが品質だと考えています。

白川

匿名さん、こんにちは。
これはまた、懐かしい記事へのコメントありがとうございます。(そろそろ5年になりますね)

品質とはなにか?について、僕とは違う考え方をお持ちなんだろうと思います。
「客先要求に応えるのは当たり前」と書いてくださっていますが、少なくとも僕がやっている仕事では、
当たり前とは言い切れません。なぜなら・・

・客先要求が何かは不明確(そもそも、お客さんが分かってない)
・応えたか、応えてないかは0、1では測れない
・客先要求を探ったり、応えたりするためのサービスの良し悪しはある。
(そのための工程の設計や実行管理もふくめて)
そのサービスの良し悪しのことを、品質と呼ぶ
・当然、「ここまでやれば100点」はないので、場面場面で30点でいいのか、120点を狙うのか、
500点じゃないとダメなのか、の判断の幅がかなり大きい
という感じです。

建築家とか、デザイナーとか、企画などの、プロフェッショナルワークにはそういうのが多いんじゃないですかね。
一方、製造業における品質は「OKかNGかの二択で、歩留まりが勝負」みたいな感じになるので、
匿名さんのイメージと近いかもしれません。
ITの世界だと、Webサービスづくりは前者で、企業の社内システムの構築などは後者の世界かな。

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