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プログラミングでメシが食えるか!?

理解できない、納得できないからこそメモを取る!

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二日続けてメモを取ることに関連した話題を書きましたが、昨日メンバーに「そういう小俣さんは学生の頃どうだったのです?」と聞かれました。「そもそも聞いてもいなかったよ・・・」

私はせっかく進学校に入りながら、すっかりぐれてしまい(?)、素直でない学生でした。今思えばバカなことをしていたと思いますが、落ちこぼれの気分を味わったのは、まあ、決して無駄ではなかったとも思うようにしています。

さて、そんな私ですので、大学、社会人と、ずっと人の話などまじめに聞かないでいました。聞いたとしても、批判的な心で聞いていたので、参考にすることすらできていなかったと思います。まあ、若い頃は自分の考えが一番、みたいな時があるものです。

その後、いつの間にか社会人経験も積み重ね、自分が話す側になってきたと同時に、聞く心もできてきたという感じだった気がします。さらに、話すだけでなく、著書を執筆したり、あるいはブログを書いたりすると共に、ますます人の話を聞くようになりました。

基本的に、自分と同じような考えの言葉は受け入れやすいので、覚えていることもできるものだと私は考えています。むしろ、理解できない内容や、納得できない内容の言葉こそ、きちんとメモなどで記録しておくことが大切で、そうすることによって、「なぜだろう?」と考え続けることができ、自分の幅が広がっていくのではないかと思うようになってきました。

本を読むときにも同じで、受け入れやすい本は斜め読みでも理解できるのですが、そうでない本こそ実は考えるきっかけをくれるのではないかと感じています。

昔はかなりの頑固者で、メンバーが勧めてくれた映画なども、なんの興味も示さないような性格だったのですが、いつの頃からか、どんどん受け入れてみようと思うようになってきた気がします。これがいわゆる「年の功」ということにつながるのかなぁ、と最近考えています。。

教養のある方の話しでは、「**の言葉ですが」と、故人の言葉などを引用して自分の考えを話す方が多い気がします。昔の私だと「人の言葉でなく、自分はどう考えているのかがぼやける」と、これまた批判的でしたが、最近は、多くの人の言葉を参考にした上で、自分の考えを裏付けている、あるいは、「私は、私は、」と自己主張しすぎない上手な話し方なのだな、と感じるようになってきました。もちろん、自分のスタイルは大事にしたいと思いますが、自分と違うスタイルこそ、実は一番参考になることが多いものではないでしょうか。

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