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人体ファイアウォール「味覚受容体」が、知らせる危機。~嗅覚センサーを見直そう(7)~

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※本稿中の、青の文字、緑の文字は引用です。

有害物質を検知して、駆除体制を敷く、「苦味受容体」

わたしは、香り付き洗剤や移香したモノに接したとき、口の中に苦みを感じる。
これは、ヒトとして、自然な反応なのか、それとも、神経質なだけなのか。

その答えのヒントは、味覚受容体にある。

ヒトは、甘味、苦味、酸味などの受容体を持つ。舌にある受容体は味覚のセンサーだ。
このうち、苦味受容体は、「鼻の細胞にも存在し、細菌に対して3種類の防御反応を誘発する」という。

吸気をセンシングして取得した情報に有害性を検知すると、舌に苦味を感じさせ、同時に迅速な駆除体制を敷く。これ以上の侵入を阻止するよう、細胞にメッセージを送る。メッセージを受信した各細胞は、「繊毛を動かして侵入物を押し出す」「殺菌作用のある一酸化窒素を放出させる」「抗菌タンパク質を放出させる」という、3段階の駆除を試みる。

苦味受容体は、いわば、害をなす恐れのある化学物質を検知して取り込みを阻止する、天然のファイアウォールである。苦「」受容体という名前ではあるが、「人間の自然免疫系の一部だと考えられている
私たちが『苦い』と表現している味を、脳は不快なものと感じる。苦味受容体は、害を及ぼす可能性がある化学物質の存在を知らせるために進化してきた
苦味受容体は、25種類あり、T2Rと呼ばれる。このうち、T2R38の感受性がない「ノンテイスター」と、感受性の強い「スーパーテイスター」がいるという。この感度は、遺伝によって決まるとのこと。
当然、「苦味受容体の感受性が高いほど感染に対する防御力が高く、感度が低いと感染症にかかりやすい

健康なひとが苦味を感じたら、危険な物質の潜む大気を吸い込んでしまった、と考えるのは、ごく自然なこと。わたしの天然 Micro Defenderこと苦味受容体は、洗剤の臭いの中に、身体にリスクをもたらす有害物質を検知した。
苦みを感じるのは、気のせいではない危険を避けて生きていくために必要な、まっとうな反応なのである。

以上、「青の文字」は、「体を守る、苦味受容体」R.J.リー/N.A.コーエン(ペンシルベニア大学)日経サイエンス 2016年5月号」からの引用である。Robert.J.Lee と Noam.A.Cohen はともに耳鼻咽喉科の研究者であり、気道感染症の免疫防御機構を研究するなかで、「舌で苦みを感じているタンパク質、つまり『苦味受容体』が別の役割を持っていて、細菌から体を守っている」ことに気づき、このしくみを創薬に生かそうとしているという。
原文のタイトルは、「Bitter Taste Bodyguards」。苦味は、まさに、我々を守ってくれるボディーガードなのだ。

香料と香り付き柔軟剤が、イオンチャネルを活性化

わたしが感じる苦味、それを引き起こしているものは、洗浄成分なのか、それとも香りなのか?

家族が長年使っている旧来の洗剤「アタックNeo抗菌EX」のパッケージに鼻を近づけても、最近の香り付き洗剤のような「後を引く」苦味を感じることはない。原因は、香り物質、香り物質を包むカプセル、あるいはその両方なのだろうか?

我々の味覚受容体には、前述のT2Rファミリー以外にも、イオンチャネル型受容体などがある。
このイオンチャネルに、数ある合成香料のうちの何種類かの香料・香り付き柔軟剤が影響をおよぼす、という研究報告がある。

厚生労働省の厚生労働科学研究費補助金化学物質リスク研究事業として、「家庭用品から放散される揮発性有機化合物/準揮発性有機化合物の健康リスク評価モデルの確立に関する研究(研究代表者:香川聡子教授(横浜薬科大学 薬学部 環境科学研究室))」があり、 厚生労働省科学研究成果データベースで、平成27年度の研究書(概要版)を閲覧することができる。
この中から引用する。
TRPイオンチャネル活性化を指標として家庭用品から放散する可能性のある化学物質の気道刺激性を評価した結果、香料アレルゲンとして表示義務のある香料17物質中8物質が濃度依存的にTRPA1の活性化を引き起こすことが判明した。

また、第42回日本毒性学会学術年会のワークショップ「イオンチャネル型受容体の機能とその毒性学的な意義」の、「生活環境化学物質によるTRPイオンチャネルの活性化(香川(田中) 聡子, 大河原 晋, 神野 透人)」という研究の書誌情報が、J-STAGEに掲載されている。(J-STAGEのリンク規約により、書誌情報への直リンクができないため、タイトルでbngってください)
その中に、「呼吸器障害を含む相談件数が増加している高残香性の衣料用柔軟仕上げ剤もイオンチャネルを活性化することが判明した。」とある。

ここ数年でとみに増えた、香り付き製品。その香りによる体調不良は、気のせいによるものでも、思い込みでもない。香りを放つ物質の中に潜む危険を捉えている、人体の正常な反応だといえよう。

ベネフィットとリスクが逆転してからでは、手遅れ。

第5回目で書いたように、香り付き製品を購入した消費者「だけ」が楽しめる香りであるならば、それは個人の自由だ。他人がとやかく言うことではない。

だが、ヒトやモノをトランスポーター役として「n次移香」する、紙幣や書類への移香を除去する方法がない、大気中や海洋に拡散した香りカプセルの除去技術が確立していない、といった問題点がある。
香り物質は「個人のテリトリー」を超える。室内への香り物質の流入を防ぐことはできず、一度持ち込まれてしまうと、これを完全に取り除く方法がない。検疫も下水処理場もすり抜けて国境を超える。煙草の副流煙や三次喫煙よりも、拡散力が強い。大気は、境界線を引いて分けることができず、香り付き製品の使用者以外の者も吸入する。分香が不可能であり、煙害より問題は深刻だ。

体調不良を訴えるひとに「神経質」と呆れ、香り自粛をもとめるひとを「面倒な人」だと煩がる。何の症状も出ていないひとにとっては、厄介な問題がひとつ増えただけ。うんざりするのも当然だ。「今のところ」そのひとにとっては、香りによるリスクは生じておらず、ベネフィットのほうが大きいのだから。
だが、(毒物をものともしない特殊体質でもなければ)ベネフィットとリスクは、いずれ逆転する可能性がある。
逆転したひとが身近に増えていき、なにか恐ろしいことが起こり始めている、と気付いた時には、取り返しがつかないことになっている。

前回記事で、高度経済成長期の公害事情について書いた。
大気汚染や海洋汚染、食材の汚染。自分には症状が出ていないから大丈夫だろう、多くのひとびとがそう思っているあいだに、事態は深刻化していった。早い段階での被害者からの警告に、皆が真摯に耳を傾けていたなら、被害は最小限にくいとめられたのではないだろうか。
環境汚染による疾病は、神経質なひとだけがなるわけでも、気のせいで発症するわけでもない。
それと同じことが起こりつつあるような気がしてならない。

目や鼻や皮膚ではなく、喉に症状が出るのは、なぜなのか?

前掲の研究では、「香料17物質中8物質」とあるので、合成香料はリスクのひとつであろう。さらに、ネット上では、香料を包むカプセルの物質に言及する情報が目立ち始めている。

独立行政法人国民生活センターの「柔軟剤の香り成分>環境衛生科学研究所の商品テスト悔過(静岡県)>ちょっと気になる『柔軟剤の香り成分』(No.153) (H26.7)」では、「VOCでもある成分が使用されている」とある。

化学物質過敏症を発症した個人によるウェブサイト「無香料生活」では、イソシアネートを検出したと書かれている。化学物質過敏症となった時点で居住空間の大気は汚染されているので、環境中の浮遊物質の影響を完全に排除して、正しい測定結果を得ることは難しいのではないかと思われる。だが、ウェブサイトには、その測定場所の汚染を考慮したうえで、商品を直接測定している旨が記載されている。

にわかには信じがたい。特定第2類物質である。このうち「トリレンジイソシアネート Toluenediisocyanates(TDI)」は、日本産業衛生学会のサイトの情報(PDF)によれば、許容濃度 (2010)が0.005ppm。発がん分類は2Bだ。ごく微量でもリスクがある。CERI 有害性評価書 で、「モルモットでの皮膚及び呼吸器に対して感作性を示し、マウスでは「呼吸器感作性を示す。TDIは、ヒトに対して、喘息を発症させ、呼吸器刺激性と呼吸器感作性を示す。」とあるとおり、吸入による呼吸器への影響が大きい物質である。

前回書いたように、わたしの過去の曝露経験からいえば、症状の現れる場所は、チオウレアは皮膚、樹脂飛沫は鼻、キシレンは目、喉、鼻の順だった。香り付き洗剤では、気道症状だけで、目や鼻や皮膚には何の影響も出ていない。
呼吸器への限定が、物質の感作性によるものなのか、曝露量によるものなのかは、分からない。リスクは有害性と曝露量の2つの要素で決まる。以前の曝露でのリスクは非常に大きかったが、今回の洗剤によるリスクは、それらに比べればごくわずかだ。リスクが小さいために、ほかの症状が出ていない可能性もある。正確なデータを得て、原因物質を特定するには、研究機関に測定を外注するしか方法はなさそうだ。かといって、わたしには、そこまでのことをする気力も体力も時間的余裕もない。こうした雑文を書いて(原因物質が何であれ)感知した情報を知らせ、使い方について注意を促すのが関の山だ。

わたしは、可能な限り、一次情報を発信することが重要だと考えている。わたし自身が測定したり、あるいは外注した結果を確認しているわけではないため、また、化学の専門家ではない一消費者にすぎないため、本稿で、これが原因物質だと断定することは避けておく。

一般消費者も、知識と節度をもって、日用品を取り扱おう。

一部の洗剤の香りが、わたしの喉に不快な症状を引き起こしていることは事実だ。だが、先に書いたとおり、原因物質を特定することができない。
しかしながら、使われている可能性が完全に否定できない限り、そのリスクを知って、扱い方を知っておくことは必要だろう。なぜなら、この物質が、滅多にお目にかからないものではなく、すでに我々の生活環境の中に入り込んでいると知ったからだ。

それほど危険な物質なら、とっくに規制されているのでは?とおもうかもしれない。
規定はある。産業用途で使用する場合については、ある。だが、当該物質を含む日用品を使う消費者に対しての、使用上の規定はないのである。
そうでなくても、化学物質に限らず、制度は、あとから、ついてくる。たとえば、児童虐待。何人もの子どもが犠牲になってようやく、通報と保護のシステムを見直さなければという気運になるように。我々は、そうした社会に生きている。

海外ではどうか。先行した取り組みはないのか。国立研究開発法人 国立環境研究所の「環境展望台」の情報 によれば、アメリカが腰をあげたのは2011年だということだ。労働者向けの決まりはあるが、消費者向けには制限がないので、データを収集していくと書かれている。

これ以降に、なにか動きはないのだろうか。アメリカ環境保護庁 EPA (United States Environmental Protections Agency) の、「Fact Sheet: Toluene Diisocyanate (TDI) and Related Compounds」では、TDIおよびその関連製品を使用するにあたって、一般消費者もプロユースの商品を使う場合は、安全シートや技術製品情報を確認するよう呼び掛けている。呼びかける段階にとどまっているように見える。

すべての一般消費者に化学物質取り扱い講習を義務付けることは不可能であり、使用時に資格を持つ管理者がいるわけでもなく、家庭内での使用状況にまで行政は介入できないだろう。データを収集して規定ができても、個人に適用できるのか。難しい問題だ。可能性があるとすれば、無人店舗販売において、購入履歴と曝露事故の情報を照合し、過去に事故を起こしたことのある消費者への販売を停止する程度ではないか。

化学物質なんて身の回りにいくらでもあふれているのだから、いちいち危険視していたら生きていけやしない、という意見もあるだろう。
それが、産業用途に限定されているなら、業務で取り扱う製造者や作業者が気を付ければよいことであって、一般消費者には何ら関係はない。
だが、工場内や作業場にとどまっておらず、生活空間の中でも使われるならば、プロだけが注意していればよいわけではないだろう。
たとえば木工の塗装のように、身の回りにある品に含まれる可能性、あるいは、DIYで使う可能性があるのなら、一般消費者も、適切に取り扱えるよう、最低限の情報は得ておいたほうがよいのではないか。われわれは、TDIに限らず、取り扱いに特別な注意を要する物質の含まれる商品が、薬剤師の資格を持たないアルバイト学生のレジを通して、気軽に購入できる社会に暮らしている

乳幼児と、室内飼いのペットたちに、配慮を。

大気中にある危険を察知する、よく知られた生体センサーとして、「炭鉱のカナリア」がある。
鉱山労働者が、ガス検知のために、カナリアを伴ったというものである。転じて、カナリアは、いちはやく危険に気づいて知らせるもののシンボル的な存在となっている。カナリアにしてみれば迷惑千万な話だが、有用なセンサーのなかった時代には、いたしかたなかったのだろう。
第五回で紹介した「お菓子のふじい」が起ち上げたプロジェクト「カナリアップ」も、ネーミングの由来は「カナリア」とのこと。

わたしの実家には、25年ほど、カナリアがいた。家族の一員というよりは、友だち一家のような感じだった。
母から聞いた話である。ある日、カナリアのカゴのある2つ隣の部屋で蚊取り線香を炊いた。すると、数分後、止まり木の上で、ぐったりしたまま固まってしまっているのに気づいたので、すぐに線香を消した。換気して数時間後、元気を取り戻したという。昭和の木造住宅なので機密性は低い。隙間から漏れた煙を感知したのだ。カナリアは、それほどまでに鋭敏なセンサーをもつ。

カナリアほどではないにせよ、ほかの小動物も、化学物質に反応する可能性はあるだろう。
いまでは室内でぺットを飼う人が増えている。
飼い主が、香り付き製品を使ったらどうなるだろうか。
ペットたちは、ソファカバーやラグなど、香り付き製品の使用が考えられる製品に密着して暮らす。そして、何でも口にする。

それは、乳幼児も同じである。保護者は、ボタン電池や常備薬を手の届くところに置かないように気をつけているだろう。我々は、口には入らないサイズのぬいぐるみは、安全だと思っている。だが、もし、そのぬいぐるみをフワフワにしようとして、規定量以上の香り付き柔軟剤を使ってしまったなら?
乳幼児に必要なのは、きれいな空気と水と保護だ。良さそうなものを足しすぎた環境よりも、必ずしも必要ではないものを引き算した環境のほうが、良いのではないか。

無香で無害な製品を販売するメーカーは、その事実を広く宣伝すべきだ。乳幼児のいる家庭は、安全な商品をもとめていることだろう。また、「香害」が今以上のバズワードになった暁には、比較的安全な製品までもが、柔軟剤という三文字で一括りにされてしまいかねない。そうなってから事実を伝えて評価をひっくり返すのは、並大抵のことではない。
用法用量を守らない「一部の」ユーザーがいる限り、臭いに悩むひとは増え、その声の大きさが、香り付き製品ユーザーの声をしのぐようになる可能性もないとはいえない。そのとき、先手を打った「無香、無害」は、大きな宣伝効果を持つことになる。

一般消費者向けの、安価な簡易測定デバイスの開発を待ち望む。

数日前、かすかに臭うフロアに足を踏み入れた時のことだ。苦味は感じるが、気道症状が出るほどではなかった。ところが、平衡感覚がおかしくなった。
低音障害型難聴持ちで、耳が原因のめまいは何度か経験がある。だが、それとは全く異なる。耳の不調によるめまいは、空間の中で、自分の位置を示す、x、y、zの値を取得できない感じだ。一方、臭いによるものは、からだ全体が意思からズレた動きをするような感覚。行動に、ミリセカンド単位のレイテンシが生じるような感覚だった。この症状は、初めてだ。
空気清浄機をターボ運転して半日、臭いのスポットが残っていることに気づいた。そちらに向けたところ、ハウスダスト、におい、二つのセンサーのライトが、緑色からオレンジ色に変わり、それは小2時間続いた。センサーが反応したのだから、何らかの物質があったことは確かだ。ただし、特定することはできない。

「においチェッカー」のような製品も市場に出ているが、香り付き製品に含まれる物質の存在を捉えるものではなさそうだ。香り物質、香りカプセルの物質を簡単に測定できる、安価なデバイスの登場が待ち望まれる。
化学の素人には計測ができず、それ以前に、自宅に計測装置を備えているひとのほうが稀だろう。客観的なデータを示せないために、説得力に欠ける面が否めない。誰でも簡単にデータを取得して示すことができれば、この問題は、一気に動き出すような気がする。昭和の時代と違い、今は、SNSがあるからだ。

不調を訴えるひとびとは、危険をいちはやく察知している。彼らの感覚を鈍らせることによる問題解決は、社会にとってはマイナスにしかならないと考える。

悲劇は止められる。今ならまだ、ぎりぎり引き返せるかもしれない。
感作する前に、カナリアたちの歌を聴こう。

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