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IT業界につとめる「雑貨屋(なんでも屋)」が、業界の事、情報セキュリティの事、趣味や日々雑感を綴っていきます。お暇な方はおつきあい下さい。

099.格差について思う事

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 佐藤@IT雑貨屋です。
 大型連休が終わり、何とか仕事現場に復帰しましたが、やはりなかなか体が追い付いて来ません。これは年齢に依るものなのでしょう。

 平成から令和の時代にかわり、これからどの様な時代になるのかという話もありますが、いまある状態がそんなに変わる事は無いと私は考えています。

 こんな事を知人に語ると、「佐藤は悲観的な奴だな」と言われる事がありますが、私自身の事で言えば、楽観主義だと思っています。何故かと言えば、どの様な時代になっても、私自身は何とか生きていけると考えているからです。
 しかし私の子供や孫の時代については、彼らは相当の努力をしない限り、今までの様に生きて行くのは大変だろうと考えていますので、そういう点では悲観論者なのかもしれません。

 私の親の世代の日本は「一億総中流社会」と呼ばれていました。その時代の日本は、諸外国から「最もよく成功した社会主義」とも揶揄されて来ましたが、そこでは、正規社員は終身雇用制度で保護され、また勤続年数により収入は上昇。真面目に会社に勤めていれば、三十代には家族を持ち、四十代には自分の家を持つことも叶い、定年後は年金生活でのんびりと生きる事が出来ました。

 しかし今の時代はどうでしょうか?
 このブログでも以前に書きましたが「俺!正社員になる!」なんて言葉が、コマーシャルのキャッチコビーになる時代で、働く世代は正規雇用と非正規雇用に分断され、非正規雇用には雇用の安定性も無ければ、収入についても上限があり、それは正規雇用を超えるものにはなりません。また正規雇用にしても、先日、経済同友会の会長が「終身雇用は維持できない」と発言しましたが、正規雇用が将来に渡る雇用継続を保証するものでも無くなっていくのでしょう。

 考えてみれば、このような日本に変化をした切っ掛けは何かといえば、それは今から十数年前の小泉政権当時、「聖域なき構造改革」と銘打った政策からだと思いますが、その底辺にあったのはグローバル化の波であったと、私は思っています。そしてこのグローバル化を為し得た要因の一つに、インターネットの普及があったと思います。

 インターネットで経済取引の世界に、従来の国家という障壁が低くなれば、国家間の「人・モノ・金」の動きは活発化し、そこからグローバル化が進展するのは自明の理です。そしてグローバル化がもたらす事の一つが「富の平準化」と言われています。高きものは低く、そして低きものは高くなる。そして取引される国家間にある格差は平準化される。

 今の日本の状況とは、こういった事が背景にあっての「格差社会」であり、もう過去に戻る事は無いと私は考えています。そういう社会でこれから生きていくのは、従来の考え方、具体的には私やその親の世代といった、先達の考え方だけで生きていける時代ではないのです。自分達で格差を乗り越えていく事を考えなければならない時代になってきています。

 今、社会では「平成」から「令和」という時代に変わった事を、寿ぐ雰囲気がありますが、それとは別に、こういった世界の動向を冷静に見つめながら、一人ひとりが自身の進路について考えていかなくてはならないのではありませんか?

 ちょっと今日の記事は、思う事について書かせてもらいました。
 ここまで読んで頂きありがとうございます。IT雑貨屋をこれからもよろしくお願いします。

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