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IT業界につとめる「雑貨屋(なんでも屋)」が、業界の事、情報セキュリティの事、趣味や日々雑感を綴っていきます。お暇な方はおつきあい下さい。

022.【雑感】人は40歳になったら自分の顔に責任がある

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 時々思うことですが、年齢を重ねる毎に、日々の時間の過ぎ方が早くなっている気がしてなりません。いかに日々を効率よく送れるか、そろそろ真剣に考える必要性を感じ始めています。

 佐藤@IT雑貨屋です。

 さて今回のタイトルですが、これは彼のアメリカ大統領、リンカーンの言葉です。

 私も先日、とうとう40代の半ばに突入してしまいました。。。頭の中は20歳代と変わらないとか勝手に考えているのですが、実状は違いますねー。日々、朝に顔を洗うのに洗面台で鏡と対峙するのですが、髪の毛に白髪が目立ってきたり、目尻にシワがあったり、顔の皮がたるんできたりと、、悲しい位にその時々に自分の実年齢を実感させられてしまいます。

 もう子供の幼稚園での運動会なんかで、子供と一緒のアトラクションなんて参加すると、頭では考えていても体が追いついていかないなんて事もありますからね。

 さて、この言葉を思い返した時、はたして自分自身の顔はどうなんだろうかと、ついつい考えてしまいますが、やはり自分の事は良く解らないもので、端から見たらどう思われているんでしょうか?

 ふと世の中見回してみると、このリンカーン大統領の言葉に「確かに」という感じを持ってしまう事ってありませんか?(これは自分自身を除外していますけど)

 考えてみれば、社会に出てから人は自分自身の顔を前面に出して仕事をしたり生活していますので、やはり年輪の様に、その考え方や行動というものは、顔にしみこんでくるのかもしれないですね。

 あともう一つ、これは以前に聞いた話で、私自身「なるほどなぁ」という話なのですが、人間の顔というのは「左右非対称」という事はご存じですか?そしてこの顔の右半分は「公式的な表情」で左半分は「私的な表情」と言われています。これはどうやら「右脳」と「左脳」の働きの違いも関係していて、こういう事が起きていると聞いています。(もしかしたら公的・私的と右脳・左脳の組み合わせは違うかもしれませんが、、、うろ覚えなのでご容赦下さい)

 まあ実際にこの事について、学術的な裏付けがあるものではありませんので、あくまで私自身の私見として、また戯言として聞いて頂ければ良いのですが、これを聞いた時にこの顔について「左右のバランス」というのも大事なのかと思いました。

 社会の中で生活をすると、否応なしに「表と裏」を使い分けなければならない状況というのはあります。できれば表裏無く生活して行ければいいのでしょうが、社会というのはそう単純なものではありません。でもなるべくならば表裏無く社会の中でも生活をしたい。そう思うのもまた人間ではないかと思います。

 でもこの「公的な自分」と「私的な自分」に、あまりに乖離が発生した場合、やはり顔の表情というのは「左右非対称」なものになるんでしょうか・・・テレビ何かで某大政党の幹事長経験者の中には、あまりに左右がアンバランスな人もお見かけしますが、そういう人は「公的な自分」と「私的な自分」の乖離が激しいのかもしれないですね。

 この事、何も政治家ばかりではなく、宗教団体の指導者の中にもいたりしますね。やはりそういう人も同じなのかもしれません。

 かくいう自分もすでに40代半ば、自分の顔には当然の事、責任があるわけで、今はどうか自分自身は解りませんが、今後もさらにこの点については意識して、日々の生活に取り組んでいきたいなぁ・・・そう思っています。

 ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
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