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これからの時代を生き抜いていくには、自分のアタマで人とは違うことを考える能力が必要になると考えています。人とは違うことを考えるためには、多様なインプットが必要です。人間は「人から学ぶ、本から学ぶ、旅から学ぶ」以外に学ぶことができない動物です。このブログでは、特に若いビジネスマンに向けて、わたしが今読んでいる本やオススメの旅について紹介します。

書評:『フランソワ一世』

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第97回.jpgフランソワ一世』 
ルネ ゲルダン(著)

大航海時代(もっとも鄭和艦隊に比べれば小航海に過ぎない)が、実質的に始まった16世紀前半のヨーロッパには、個性豊かな君主たちがひしめきあっていた。ヘンリー8世、カール5世、フランソワ1世の三つ巴の争い、それにスレイマン大帝やマルティン・ルター、メディチ家のレオ10世が絡むのだ。役者を一瞥しただけでも面白くないわけがない。ところが、この豪華絢爛たる顔ぶれの中で、何故かフランソワ1世について書かれたものは少なかった。そのミッシングリンクを埋める傑作が現れた。

本書は3部構成を採っている。プロローグは、誕生から即位までの21年。母親ルイーズと姉(「エプタメロン」を書いたマルグリット)に溺愛され甘やかされた若者。こうして育てられたフランソワが「どうして自分の偉大さを誇大視せずにいられるだろうか」「この若者の少年期が、のちにフランスの運命に重くのしかかることになるのだ」。

次が、即位からカンブレーの和平までの14年。幸先は良い。マリニャーノの戦いで勝利したフランソワはミラノを手に入れる。フランソワは高等法院を屈服させ、絶対王政の基礎を築く。しかし、皇帝選挙を契機に、カール5世との宿命の戦いが始まる。ヘンリー8世は二股を掛ける。運命の悪戯で、フランソワはパヴィアの戦いでカールの捕虜になる。フランソワは、二人の王子たちと交換で自由の身になる。和平に漕ぎ着けたのは、ルイーズとカールの叔母のおかげだった。男たちの盲目よ!フランソワは、カールの姉と結婚するが、ミラノは失われる。

最後は死までの18年。ユマニストとして芸術を愛し、レオナルドを招聘し(おかげでフランスはモナリザを得た)、フォンテーヌブローの森に惹かれたルネサンスの王。長身で堂々としたスポーツ万能のフランソワは「つれない女にはほとんど出会わない」。だが、恋人に忠実で「32年間の治世の間に、公認の愛妾は二人しかいなかった」。フランソワは航海者も援助する。フランスは北アメリカに雄飛する。学者の父、フランソワの「知識と芸術の領域における業績は、甚大であった」「しかしながら、そのような成功は、暗になんらかの悔恨の念を惹き起こさずにはおかない。人々は、かくもすぐれた君主が国家の指揮においても、それと同様の専心と判断力を示すのを、どれほど見たかったことであろうか・・・」。カールとの争いは止まない。フランソワはスレイマンと結んで対抗するのだが。

500ページの大作が、何故一気に読めるのか。第一は、文章の躍動にある。「フランソワには、最良の協力者を失う才能がある。しかも、それがいちばん必要なときにだ!」第二に、ヘンリーとフランソワのレスリング(金襴の陣)や、マドリードの牢獄でのカールとフランソワの泣きながらの抱擁など興趣あふれるエピソードに事欠かない。しかも、それでいて大局観を失うことがないのだ。争いの元は領土。カールは、過去への執着(同名の曽祖父の本貫地ブルゴーニュ)と人間心理の洞察力の欠如によって全てを失うが、同様にフランソワのミラノ執着も曾祖母に由来するのだ。フランソワは欠点だらけだが、活力旺盛な「上機嫌の王」だった。「彼よりも前の王と、あとの王を見てもらいたい。彼らは厳格であるか、または憂鬱であり、真面目である(アンリ4世でさえも)か、またはもったいぶっていて、陽気な王は一人もいない。フランソワはいつでも陽気であり、しかも、だからといって威厳を少しもそこなわない」「ほほえむ君主」。だからフランスはフランソワを愛したのである。

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