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これからの時代を生き抜いていくには、自分のアタマで人とは違うことを考える能力が必要になると考えています。人とは違うことを考えるためには、多様なインプットが必要です。人間は「人から学ぶ、本から学ぶ、旅から学ぶ」以外に学ぶことができない動物です。このブログでは、特に若いビジネスマンに向けて、わたしが今読んでいる本やオススメの旅について紹介します。

書評:『ユートピアの歴史』

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グレゴリー クレイズ (著), Gregory Claeys (原著), 巽 孝之 (翻訳), 小畑 拓也 (翻訳)

まことに、「百聞は一見に如かず」である。本書には、カラーの図版がふんだんに使われており、読者は、天国(例えば、「ムハンマドの楽園」、図版6)や楽園(例えば、「神々のいるアルカディアの風景」、図版12)が、およそどのようなものか、一目で了解できるのだ(因みに、このような図版入り書籍が発展したのは、大元ウルス治下のことである。全相本とよばれていた。宮紀子「モンゴル時代の出版文化」という名著がある)。即ち、本書は、いわば古今東西のユートピア観の図版カタログなのだ。

ユートピアという言葉は、トマス・モアの創見による。ラテン語の「どこにもないところ」と「良きところ」の掛詞である。本書には、ユートピア島の地図を描いた、1516年にルーヴァンで出版された初版の手彩色木版画の口絵も添えられている(図版48)。古典古代のユートピアは、例えば、原初の楽園(エデンの園やアルカディアなど)であり、セム的一神教(キリスト教やイスラム教)が、地中海世界を席巻した後は、天国であった。東洋でも、桃源郷や浄土信仰などがよく知られている。誤解を恐れずに一言で述べれば、それらは皆、宗教やファンタジーの範疇に属するものであった。

モアのユートピアの斬新さは、ユートピアを(ファンタジーではなく)達成可能なものとして、手元に引き寄せたところにある。コロン(コロンブス)によって、新世界がまさに発見された時期に出版されたことと相まって、西洋では、まず楽園との邂逅を求める発見の旅が相次いだ。もちろん、楽園は見つからなかったのであるが、では、どうしてこの現世を楽園に化してはいけないのだろうか。革命と啓蒙(第7章)に述べられている通り、ユートピア思想は、アメリカ革命やフランス革命の母胎となったのである。そして、そればかりではなく、理想の都市(例えば、カンパネッラの「太陽の都」から現代の都市計画まで)や、理想の共同体(例えば、アーミッシュやヒッピーまで)、社会主義や共産主義、合理主義、テクノロジーなど進歩の発明も、すべてこの系譜につながるのである。

この考え方が、偏して行きついたところがディストピアになることは容易に想像できる。現に、20世紀には、ヒトラーやスターリンに象徴されるディストピアが一部実現してしまったのである。21世紀は、9.11や3.11という大惨事で幕を開けた。ユートピアを求める人類の旅は、これから一体、どこに向かって船出しようとしているのだろうか(図版58)。1つの道標として、ヨルゲン・ランダース「2052」を、おすすめしたい。

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