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書評:『ローマ政治家伝I カエサル 』

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ローマ政治家伝I カエサル

マティアス・ゲルツァー (著), 長谷川 博隆 (翻訳)

20世紀の初め、現代につながるローマ共和制研究の基礎を築いた碩学ゲルツァーは、共和制末期のポンペイウス、カエサル、キケロの伝記を書いた。嬉しいことに、この3冊がゲルツァーの弟子の手により、揃って訳出されることになった。本書はその第1巻である(9月1日現在、カエサルとポンペイウスの2巻が出版されている)。

ゲルツァー史学の特徴は、何よりも人間関係に着目し、当時の支配者階級の相互の利害関係やその成り立ちを膨大な史料から丹念に再構築するところにあるが、本書やポンペイウスでも、その手法が徹底され、複雑な人間関係の渦の中を巧みに泳ぎきるカエサルの政治家としての類稀な力量が鮮やかに浮かび上がる。党派間の争いなどは、ねじれ国会を彷彿とさせ、人間や人間が行う政治は、古今東西、共通であることがよくわかる。加えて、例え敵対関係にあっても、直接会えば相手を魅了せずにはおかないカエサルの人間力(魅力)も、ものの見事に描かれている。

カエサル伝として、わが国で最も人口に膾炙しているのは、恐らく塩野七生のローマ人の物語4巻と5巻に描かれた「ユリウス・カエサル」であろうが、塩野版カエサルが著者の思い入れたっぷりに朗々と謳い上げられるのに対して、ゲルツァーは、一見、感情を交えることなく端々と史料を丁寧に積み重ねていく。それだけに、かえってカエサルという生身の人物が、圧倒的な存在感を持って、読者の眼前に迫ってくるのである。しかも、ライバルであったポンペイウスと併せて読めば、さらに存在感が際立ってみえるのだ。

登場人物が多く、また、ローマ共和政の仕組み(執政官や護民官、元老院など)が大枠で理解できないと、読解に苦しむ場面がない訳ではないが、そういった問題点を補って余りある魅力を本書は提供している。それは何か。一言で述べれば、政治のダイナミズムと人間関係の面白さだと言っていい。例えば、カエサルを田中角栄に、ポンペイウスを福田赳夫になぞらえて読むこともできるのだ(そう言えば、早野 透「田中角栄」という名著があった)。

読み終えて、改めて痛感したことは、政治家(リーダー)に何より求められる資質は、未来に向けた高い知的構想力であるということであった。あとは、カエサルとポンペイウスの間を行き来したキケロの刊行(3部作の完成)が待たれてならない。

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