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これからの時代を生き抜いていくには、自分のアタマで人とは違うことを考える能力が必要になると考えています。人とは違うことを考えるためには、多様なインプットが必要です。人間は「人から学ぶ、本から学ぶ、旅から学ぶ」以外に学ぶことができない動物です。このブログでは、特に若いビジネスマンに向けて、わたしが今読んでいる本やオススメの旅について紹介します。

書評:『なぜ人間は泳ぐのか?――水泳をめぐる歴史、現在、未来』

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リン・シェール (著), 高月園子 (翻訳)

気軽に読めるとても楽しい本だ。何事であれ、劈頭の出会いがすべてだ、と言う人がいるが、最初のページに、僕の大好きな絵(泳者の墓。パエストゥム)が置かれていたので、これはもう読むしかありません。

この本は、2008年の北京オリンピックで正式競技に採用されたオープンウォーター・スイミング(OWS)をテーマとしている。69歳のアメリカの女性ジャーナリスト、リン・シェールが、神話と伝説に彩られたヘレスポントス海峡を泳ぎ切る物語である。かつてアジア(アビドス)の若者レアンドロスは、海峡の向こう、ヨーロッパ(セストスの塔)に暮らす巫女ヘロと激しい恋に落ちた。夜毎、レアンドロスは海峡を泳いで渡り(現代のトルコ人の若者は40分ちょっとで泳ぐという)、ヘロと密会を重ねた。ある日、海が荒れて、レアンドロスは溺れ、ヘロは塔から身を投げた。この伝説に魅かれたバイロンも、また横断泳に挑み、成功している。リンは、1時間24分16秒で泳ぎ切るのだが、この本は、横断泳のスタートから始まり、フィニッシュで終わる。その1時間24分の間に、リンが、水泳の歴史や逸話を読者に軽妙に語ってくれるのだ。

アカデミー賞を受賞した名画イングリッシュ・ペイシェントの「泳ぐ人の洞窟」、ムスク(浮き輪)に乗って川を渡るアッシリアの兵士、古代中国の水中の戦士、豊かな歴史を誇った水泳は、水遊びすら異教徒の儀式と見なされたキリスト教の圧力で、中世に衰退していく。ルネサンスで復活した水泳は、アメリカ等の新大陸の先住民の熟達した泳ぎ振りによって、大きな刺激を受け、19世紀の水泳の世紀へと繋がっていく。

ところどころに挟まれたコラムが、まためっぽう面白い。「キリンは泳げるのか?」 ぜひ、皆さんも考えてみてください。水着やゴーグルをはじめとする水泳具についての記述も興趣をそそる。また、「水浴車」について知っている人はいますか?アメリカの著書らしく、水泳が大好きだった歴代大統領のたくさんのエピソードや、水泳にまつわるハリウッド映画の話も、そつなく収められている。

本書を読めば、水泳のトリヴィアが十分、得られることは間違いない。そう言えば、国際業務に従事していた6年間、旅行カバンには、いつも水着が入っており、朝起きたらホテルのプールで一泳ぎすることが日課だったことを、今更のように懐かしく思い出した。夏にふさわしく、水に誘われる本である。
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