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書評:『なつ 樋口一葉 奇跡の日々』

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なつ 樋口一葉 奇跡の日々

領家 高子 (著)

墨田区向島に生まれた領家高子は、歌舞伎や遊郭等、近世情緒に関心が深い作家であるが、夭折した樋口一葉にも並々ならぬ興味を示しており、これまでにも「八年後のたけくらべ」「一葉舟」という佳品をものしている。「なつ」は、樋口一葉の創作がピークに達した奇跡の日々、即ち1894年10月から、逝去する1896年11月までの、疾風怒濤の2年間を、残された一葉の日記をベースに、作家が渾身の力を込めて、細部にいたるまで再現しきった小説である。作者の力量によって、一葉のセピア色の写真に、みるみる血が通い、一葉その人が今、そこにいるかのような錯覚を覚えた。

一葉の家庭は、長男の早死等、不幸が続き、生涯に12回の引っ越しを余儀なくされたという。一葉は父を失った後、わずか17歳にして戸主となり、母と妹を養わなければならなかった。婚約も解消された。「なつ」は、終の栖となる本郷の「水の上の家」へ、一葉一家が引っ越してきた時から、幕を開ける。金策と創作のはざまで、苦悩する一葉。一葉のもとを、次々と訪れる夫々に才気に満ちた文壇関係の男性達。恋の予感もないことはなかったが・・・

「うき世にはかなきものは恋也。さりとてこれのすてがたく花紅葉のをかしきもこれよりと思ふにいよいよ世ははかなき物也」(水の上日記)

「たけくらべ」の信如は、島崎藤村がモデルであるとの大胆な仮説も提示されている(美登利はもちろん一葉)。それにしても、この本に描かれた一葉の凛とした矜持や匂い立つような可愛さはどうだろう。作者の一葉に対するひたむきな思いが、どのページにもあふれていて、その熱さが、読者の胸を打つ。「なつ」を読んだ人は、樋口一葉を再読したくなること、必定である。「鶴屋南北の恋」にも痺れたが、本作は、間違いなく、領家高子の最高傑作の1つに数えられることになるだろう。


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