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RISCの元祖「MIPS」がオープン化で次世代AIの基盤を狙う

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MIPSという名前をご存じでしょうか。RISCの先駆者と呼ばれる会社の名前であり、そのアーキテクチャ名です。1980年代にスタンフォード大学の教授であったジョン・L・ヘネシーによって設立され、商用のRISCプロセッサを世界に先駆けて世に出しました。Armのように工場を持たず、アーキテクチャをライセンスしていましたが、現代のプロセッサに多くの影響を与えたにもかかわらず、ビジネス的には大成功してきたとは言えません。

ちなみにこのヘネシーさんは、コンピュータアーキテクチャの教科書として名高い「ヘネパタ」の著者です。今調べたら、昨年チューリング賞を受賞していたんですね。さすがです。

そのMIPSについて、昨年末、こんな発表がありました。

MIPS命令セットアーキテクチャがオープンソース化

現代のプロセッサに大きな影響を与えたRISCの元祖であり、長い歴史とエコシステムを持つMIPSの命令セットアーキテクチャを、「MIPS Open」として公開し、無料で利用できるようにするというのです。なんと太っ腹なことでしょう。しかし、その目的は何でしょうか?

computer_cpu.pngのサムネイル画像ハードウェアを簡素化して処理速度を上げようとしたRISC

マイクロプロセッサの進化の過程で、半導体の集積度が上がったことなどから、より多くのロジックを実装できるようになり、ひとつの命令で複数の処理を行えるように進化していきました。例えば、積和演算を行う場合には掛け算命令と足し算命令を別々に実行しなければなりませんが、これをひとつの命令で行う積和命令を追加すれば、一命令で処理が行えます。うまくロジックを組めば高速化できますし、プログラミングも簡単になります。こうして命令がどんどん増え、複雑化したプロセッサをCISC(Complex Instruction Set Computer)と呼びます。(実際には、RISCが出てきた後で、それまでのアーキテクチャをCISCと呼ぶようになりました)

しかし、CISCは一つ一つの命令のために専用の電子回路を作っているようなもので、その処理を行っている間はその回路だけが動作し、他の部分は止っています。ひとつの命令に数十クロックもかかることもあり、命令が滞る(ストール)ようになってしまいました。プロセッサの中で遊んでいる部分が多くなり、回路が複雑になることでクロックを高速化しづらいなどの壁に突き当たっていたのです。そこで命令を整理・縮小し、ロジックを簡素化するなどしてひとつの命令につき1クロックで実行できるように揃え、命令をパイプラインのように連続して実行できるようにしようということで考えられたのが、RISCでした。ひとつの処理を行うために複数の命令が必要になっても、全体として命令がストールせずに実行されれば、全体のパフォーマンスは上がるのではないか、ということです。一見先祖返りのようにも思えますが、メモリへのアクセスを減らしたり、1クロックに収めるための様々な工夫が凝らされています。

Wikipediaにあるように、MIPSは "Microprocessor without Interlocked Pipeline Stages"((命令)パイプラインのステージに「インターロックされたステージ」がないマイクロプロセッサ)に由来しています。インターロックとは、ひとつの命令が終わるまで他の命令を止めることで、これがストールを招くわけです。

*実際にはMIPSの商用版であるR2000ではインターロック機構が搭載されましたし、その後RISCにもCISC的な命令が取込まれたりして、現代のプロセッサは両方の特徴を併せ持つようになっています

波瀾万丈だったMIPSの歴史

MIPSの歴史については以下の記事に詳しいです。RISCの先駆者として生まれ、一時期は一世を風靡しましたが、PCをIntelに、省電力の組み込み系をARMにとられ、高性能であるにもかかわらずジャストフィットする市場を見つけられず、何度も売却されたり、逆に2回IPOしたりと、波瀾万丈な歴史を持っています。

Appleの通告は「MIPSの終わり」の始まりか (1/3)

この記事は2017年7月のもので、当時MIPSを保有していたImagination TechnologyがAppleとの契約解除を機に身売りを決定し、MIPSも売却されるだろうという状況で書かれたものです。その後、9月にMIPSはベンチャーキャピタルのTallwoodが買収しました。Tallwoodはパロアルトと中国にオフィスがあり、この買収で最先端のCPU技術が中国に渡るのでは、と危惧する声も出ていましたが、

MIPSコアは中国の手に渡るのか (1/2)

2018年6月にWave Computingが買収したという経緯になっています。Wave Computingはディープラーニングのチップを開発していますが、設立後最近まで詳しい情報を出さない「ステルスモード」で開発を続けて来ました。その会社が昨年MIPSを買収したのは、Wave Computingの次世代プロセッサをMIPSベースにすることに決めたからのようです。

MIPSはすでに終ったアーキテクチャである、という見方もありますが、

MIPSの行方、生き残りの道はあるのか (2/2)

「必ずどこかには買い手がいるものだ」という人もおり、技術的にも

マルチスレッド技術など、ARMが提供しているものよりも高度な技術がある

とも記されています。

MIPSにはエコシステムがある

MIPSは当初サーバー用途を狙って開発されましたが、組み込み機器でもレーザープリンタなどのそれなりの処理能力を必要とするデバイスで採用されています。逆にそれが中途半端だったということもでき、サーバーやPCはIntelに、省電力の組み込みはArmに市場を抑えられてしまいました。今後も、小型の機器が多いIoTへの参入は厳しいでしょうし、そこは狙っていないのではないでしょうか。

MIPSの現在の親会社はWave Computingですから、その意向が強く働いたのは間違いないでしょう。Wave ComputingがMIPSを買収したのは、MIPSベースのディープラーニングチップを開発するためです。そのMIPSをオープン化したのは、他社のAIチップでもMIPSを採用して貰い、MIPSをAIチップ用アーキテクチャのスタンダードにしたいからではないかと思います。

膨大な計算能力を必要とするAI処理(ディープラーニング)では、IntelやArmのような汎用プロセッサでは処理が追いつかず、画像処理用のGPUやスーパーコンピュータが使われてきました。しかしそれでも増加する需要に追いつかず、IBMやGoogle、Amazon、Microsoftなどは独自のプロセッサを設計しています。ArmやGPUベンダーも独自のAI拡張機能を開発しています。

しかし、独自プロセッサは性能を上げやすい反面、ソフトウェアの開発環境を整えたり、性能をチューニングするために莫大な労力がかかります。ユーザーが多くないと、技術交換などのコミュニティも育たず、利用は広まりません。こういった「まわりを取り巻く環境」=エコシステムという観点からは、長い歴史を持つプロセッサの方が有利です。Armほどではありませんが、MIPSにはそれがあります。

MIPS Openが狙う市場とは

先の記事には、Wave Computingは

従来のプロセサと比べると最大1000倍の学習性能を持つ「Dataflow Processing Unit(DPU)」というアーキテクチャを考案した

とあります。このアーキテクチャは非ノイマン型だそうですが、中身については

ディープラーニングにデータフローコンピューティングを使うDPU

が詳しいです。よく読んでいないのですが、「ある意味では、本当の神経網に近い動きをする」ということなので、考え方はIBMのニューロモーフィックチップに似ているのかもしれません。

恐らく開発のベースとしてはArmからライセンスを買っても良かったんでしょうが、何らかの理由で、MIPSという会社そのものを買った方が良いと考えたのでしょう。Armからライセンスを受ける方が圧倒的に安いはずですが、それでも無名の(恐らくまだ売り上げも上げていない)会社がMIPSを買収したのは、Wave Computingが今後のAIチップの基盤技術としての地位を狙っているからなのではないでしょうか。

MIPSを買収してその技術で新アーキテクチャを実装し、そのアーキテクチャを公開することで、エコシステムを拡大させていけるだけのパートナー・参加者を獲得できれば、将来MIPSがAIのスタンダードとなる日が来るのかも知れません。

 

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