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先祖をたどる家系図作成サービスを利用して見た。 江戸時代の先祖まで分かりました

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子どもが出来がいいので、もしかしたらすごくえらくなるんではないかと考え、もしすごくえらくなった時に、ルーツがわかると良いかも。なーんていう親バカぶりを発揮して、先祖をたどる家系図作成サービスを利用しました。それにそもそも親戚が言っているいろいろな説があてにならないので、はっきりさせようとも思った次第です。金額は3万3千円なり♪

方法は行政書士の先生が、私の代行者として、戸籍をたどっていき、ルーツをたどっていくというものでした。

なんでも平成22年に80年以前の除籍戸籍は破棄してよいとのことになり、多くの古い戸籍が破棄されたそうです。それにより、吉政家の正確なご先祖様の情報は江戸時代の吉政寅吉さん(私の高祖父(ひいひいじいちゃん))になり、当時は石川県河北郡中条村字北中条ラ2番地(現在のJR津幡駅の目の前)に住んでいたことがわかりました。寅吉さんの生まれは江戸時代ですが、生まれた年までは戸籍破棄により不明で、寅吉さんの息子にあたる吉政吉太郎さんが、明治八年生まれということから寅吉さんが江戸時代に生まれたことまでは確定しています。

ちなみに、これが吉太郎さんの戸籍です。

torakichi.png

当時は戸籍謄本が手書きだったのですね。当たり前ですけどw

ここで驚愕の事実が!吉政の「吉」の「士」が「土」になってます。

ずっと上が長いと聞かされてきたのにw

そういえば、吉政家の起源は昔、苗字帯刀が許されたときに、苗字を吉政とし、その一帯を「吉政村」となずけ、吉政村村長になったと言われていたのを思い出しました。つまりは吉政家の先祖は農民であり、吉政と名乗った時に武士になったというのがうちの伝承ということなのでしょうね。ちなみに、今回調べて分かったのが、吉政家自体はお寺とは関係がなく、お寺の娘さんを嫁にもらった先祖がいるということ。福井県の吉政町は関係がないこと。そんな諸説も明確になりました。

それにしても、昔の先祖様の名前かわいいかも。

寅吉さんもそうですが、高祖母の「吉政せの」さん、曽祖母の「吉政ゆう」さんもかわいい名前ですよね。

写真も残ってないので、どんな人かもわからないですけど、ただ言えるのは、その血が受け継がれていて、今私たち家族が生きているということです。

明治維新、日清戦争、日露戦争、大東亜戦争といろいろなことがあったのだと思います。うちの父も満州生まれですし。その結果、いま生きていることに感謝します。ご先祖様、ありがとうございます。私たち家族は幸せです。

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