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IT技術者教育に携わって25年が経ちました。その間、変わったことも、変わらなかったこともあります。ここでは、IT業界の現状や昔話やこれから起きそうなこと、エンジニアの仕事や生活について、なるべく「私」の視点で紹介していきます。

自社サーバーがなくなるまであと何年?

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今回は、タブレットの話からクラウドの話に移る。本稿は2013年2月に公開した記事を、現状にあわせて加筆・修正を行ったものである。

 

■自社サーバーはなくなるの?

これまで何回かにわたってタブレットについて書いてきた。タブレットは企業クライアントとして優れた性質があり、近い将来、正式に企業システムに組み込まれるだろう。IT部門による集中管理、いわゆる「モバイルデバイス管理(MDM)」も充実してきた。

それでは、対応するサーバーはどうだろう。こちらも大きな変化が起きている。

2007年11月8日、マイクロソフトのパートナー向けイベントで、マイクロソフトCEOのスティーブ・バルマーは「10年後は、社内にサーバーを持つ企業はなくなるだろう」と言った。2007年の10年後は来年である。

当時、クラウドサービスは既に存在したがまだまだ一般的ではなかった。マイクロソフト自身、クラウドに対応したサービスが十分だったとは言えず、当然パートナー企業もオンプレミス中心のビジネスを展開していた。Windows Azureすら正式なスタートをしていなかった頃である。

つまり、マイクロソフトは、自社のビジネスもパートナーのビジネスも否定したわけである。そのため、この発言は、マスメディアには大きく取り上げられた。スティーブ・バルマーの真意がどこにあったかは分からないが、おそらくはクラウドへの対応を急ぐため挑発的な発言をしたのだと思われる。

あれから5年、企業のIT環境はどうなっただろう。

 

■仮想化の導入とプライベートクラウドの利用: IaaS

社内サーバーがなくなる気配はないが、仮想化は一般的になったし、クラウドの利用も進んだ。新規にシステムを構成する場合、仮想化は常に考慮すべき選択肢の1つとなった。結果として仮想化しないこともあるが、仮想化を最優先オプションと考える企業は増えた。クラウドについても、オプションとして全く考えなない企業は少数派だろう。

クラウドというのは、要するに「潤沢なリソースを持つ、自動管理機能を備えた動的生成と削除が可能な仮想マシン群」である。仮想化が導入されれば、プライベートクラウドまでのハードルは低い。既存のシステムをそのまま移行するのに最適なのがIaaS(Infrastructure as a Service)で、仮想マシンサービスを提供する。

純粋なプライベートクラウドは、社内資産としてサーバーを持つが、これではコストメリットが出ない。そこで、パブリッククラウドのベンダーは、社内ネットワークとクラウドの一部をVPNで接続した「仮想プライベートクラウド(VPC)」を提供している。VPN(正確には「インターネットVPN」)は、専用線などのWAN回線の代わりにインターネットを使う技術で、既に一般的になっている。VPNを使えば、社内ネットワークを安価に拡張できる。

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▲仮想プライベートクラウド(VPC)はVPNを利用する

利用者から見た場合、仮想プライベートクラウド(VPC)は、データセンターに設置したサーバーを専用線で接続するのと何ら変わらない。クラウドサービスとしてIaaS、つまりOSを提供するサービスを使えば、社内のサーバーをクラウド上に移行するのは、面倒ではあるが(技術的には)それほど難しくない。社内のサーバーを減らすには最も簡単な方法である。

IaaSでは、OSの管理は利用者が行なう必要があるものの、ハードウェアの管理やネットワークの管理はクラウドベンダーに任せることができるし、「データセンター」という固定資産を持つ必要もない。そのため、比較的簡単にコスト削減ができる。

インターネットVPNは、基盤となるインターネット回線の品質保証がないため、回線速度が安定しない可能性もあるが、Amazon Web ServicesやMicrosoft Azure、SoftLayerなど、主要なクラウドベンダーは専用線(閉域網)による接続サービスも提供している。回線品質が問題になる場合は、こうしたサービスも使える。

 

■パブリッククラウドの利用: SaaS

パブリッククラウドの利用も、SaaS(Software as a Service)と呼ばれるアプリケーションサービスを中心に進んできた。たとえばGoogle社が提供するGmailを採用する組織は多い。特に学校には割引があるため、相当な市場シェアを占めている。マイクロソフトのOffice 365も順調に売り上げを伸ばしている。

メールを含むグループウェアは、会社や業種による機能差が少なく、SaaSとして受け入れやすい。AD FSやOAuthを使って認証情報を連係させることもできるため、異なるシステム間でユーザーアカウント情報を一元管理することもできる。

ただし、SaaSは、与えられたサービスを使うだけなので、高度なカスタマイズには対応しにくい。そこで、今後はアプリケーションプラットフォーム(PaaS: Platform as a Service)の需要が高まると思われる。PaaSは、クラウドが提供するアプリケーション実行環境で、クラウド固有の機能を十分に活かせるプログラムを作成できる。今後、クラウド上で動作するサーバーが増えれば、新規アプリケーション開発もクラウド上のサーバーがターゲットになるため、PaaSの需要は確実に増えるだろう。

業務アプリケーションは、業種による違いが大きい上、企業毎に違う部分も多い。多くの場合、企業の競争力の源泉なので、SaaSで代用するのは難しい。業務アプリケーションは、従来型のシステムをIaaSで動作させてもいいが、PaaSを使えば、ビッグデータ分析などクラウドでの処理が有利な機能を組み込むことも簡単になる。毎月末の集計も、月末だけサーバーを増やして月始に削減することで、最小の費用で最大の効果が得られる。

現時点ではPaaSの人気は急上昇しているものの、既存システムの移行には少々ハードルが高い。アプリケーションの書き換えが必要になることが多いためだ。そこで、多くのPaaSベンダーはIaaSも提供している。たとえば、PaaS中心に展開していたマイクロソフトはOffice 365によるSaaSを展開するとともに、現在はIaaSも提供している。またGoogleは、GmailとGoogle AppsによるSaaSと、Google App EngineによるPaaSを提供してきたが、その後IaaSを提供している。しかし、IaaSの人気は一時的な現象であり、長期的にはパブリッククラウドはIaaSからPaaSへ移行すると思われる。

 

■これからの企業システム

以上にように、既にクラウドの利用はかなり進んでおり、事例も増えてきた。これからの企業システムは、クラウドの利用が前提となる。現在、社内にあるサーバーはプライベートクラウドまたはVPCとしてIaaSに移行する。メールやグループウェアなどの一般的なアプリケーションはパブリッククラウドのSaaSを利用する。業務アプリケーションはPaaSとして作成し、必要なセキュリティレベルに応じてパブリッククラウド、VPC、プライベートクラウドのいずれかを利用する。

そして、VPCの信頼性とセキュリティが十分だということになれば、社内サーバーが不要になる。VPNには高度な暗号化技術と認証技術が使われるので、機密漏えいや侵入のリスクも低いが、これでは不十分だと考えている人も多い。さて、来年にはVPCは企業システムにとって十分安全な仕組みになるだろうか。「十分である」と思っている人も多いが、そう思っていない人もいる。

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▲社内システムのクラウドへの移行

メインフレームユーザーはUNIXを「おもちゃ」と言ってばかにしていた。大手通信キャリアはTCP/IPを「実験室のプロトコルである」と呼んで実用化を疑問視した。大企業のIT部門はインターネットを「遊びに使うもの」として社内システムと接続しなかった。クラウドサービスはもちろん万能ではないが、評価するときは、こうした過去の過ちも考慮したいものである。

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