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IT技術者教育に携わって25年が経ちました。その間、変わったことも、変わらなかったこともあります。ここでは、IT業界の現状や昔話やこれから起きそうなこと、エンジニアの仕事や生活について、なるべく「私」の視点で紹介していきます。

「仕事の報酬は仕事」

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技術者(technician)の場合

仕事の報酬は仕事」という言葉がある。ソニー創業メンバーの1人、井深大氏の言葉らしい(『文藝春秋』2010年3月特別号)。

データゼネラルという会社で、新しいコンピュータの開発リーダーをしていたトム・ウエスト氏は、ノンフィクション『超マシン誕生』の中で、

プロジェクトはピンボールと同じ

と言っている。

1ゲーム勝てばもう1ゲーム遊べる。このマシン(開発中のコンピュータ)で勝利すれば次のマシンを作らせてもらえる。

という意味だ(このあたりのことは、以前に別のブログ記事「会社はなぜ成長しなければならないのか」で紹介した)。

これも、「仕事(コンピュータ開発)の報酬は仕事(別のコンピュータ開発)」である。

アーケードゲームでハイスコアを出しても、お金がもらえるわけじゃない(もらえたら違法である)。ただ、もう1ゲームできるだけだ。ゲームによっては、あるいはゲームセンターによっては名前を残すこともできる。つまり「名誉」である。私の学生時代、学校に出てこなくなった友人の名前をゲームセンターのハイスコアリストで見かけ「あ、一応元気にしているのか」と安心したことがある。

人によって、仕事の何を重視するかは違うだろう。給与や地位が一番大事という人がいてもいいが、技術者の場合は「次の仕事ができる」ことを重視する人が多いような気がする。

多くの技術者は「仕事の報酬は仕事」に同意するのではないかと思う。1つのプロジェクトをやり遂げたら、次にやりたいのはもっと大規模なプロジェクトだったり、もっと技術的に難易度が高いプロジェクトだったり、もっと新しい技術を使ったプロジェクトではないだろうか。「もっと儲かるプロジェクト」「もっと楽なプロジェクト」というのも大事だが、2番目以降の優先度ではないかと思う。

 

artistの場合

絵や音楽など、芸術分野の場合も似たような感じのようだ。イラストレーターも写真家もミュージシャンも、みんな収入よりも「次の仕事」を求めている。

もともと、芸術家(artist)と技術者(technician)は親戚関係にある。「art」の語源は、ラテン語の「ars」であり、ギリシャ語の「techne(テクネー)」に相当する。テクネーは「technical(技術的)」「technology(技術)」などの語源となった。また、「art」から派生した言葉に「artificial(人工的な)」などがある。つまり、人間が作ったもの(自然にできなかったもの)はすべて「art」である。

何度か紹介しているシンガーソングライターの風見穏香さんは、自分のCDをイベントや路上ライブではなく「タワーレコード渋谷店で買って」と呼びかけた(共感ビジネスとオンラインセミナー)。「自分のCDを店頭で見たい、予約が増えれば店頭にCDが並ぶ可能性が高まる」ということだったが、業界での注目度を上げることも考えていたに違いない。業界で注目されれば次の仕事が来る。「仕事の報酬は仕事」である。

路上ライブを中心に活動している宮崎奈穂子さんは、最近しきりに「CDをお店で買ってください」と呼びかけている。彼女は毎日のように路上ライブやイベントに出かけているため、CDを本人から直接入手するのは難しくない。手売りの場合は、流通コストがかからないため、その方が利益も大きいはずである。それでも「お店で買ってもらった方が励みになります」というのだ。

これはどういうことか。以下は全くの想像なので、的外れかもしれないことをお断りしておくが、それほど外れてはいないと思う。

宮崎奈穂子さんが、以前所属していた事務所から出たCDは、原則として事務所からの直販か、Amazonの委託か、手売りに限られていた。利益率は高いだろうが、販路は限定されており、一般のCDショップに並ぶことはあまりなかった。タワーレコードで扱っていたものもあるが、あまり重視していなかったようである。

一方、2014年4月に事務所を移籍してから出したCDは、すべてタワーレコードで購入できる。一部の店舗では店頭に並んだし、取り寄せれば、全国どこでも買えるようである(取り寄せを拒否された例も聞くので、「どこでも」ではないが、通販ならどこからでも可能である)。

一部店舗であっても、売り上げが大きくなれば、タワーレコードのほかの店舗に並ぶ可能性も上がるだろう。タワーレコードの売り上げは業界でも注目されているらしいので、仕事が増える可能性も高くなる。

つまり、流通コストを払っても、次の仕事につなげる方が大事だということだ。これも「仕事の報酬は仕事」である。

 

次の仕事につなげる

機能が全て実装され、予算内で納期通りに完成し納品されたとしよう。この仕事を評価するポイントはどこか。顧客に大きな価値を提供できた、技術者が成長できた、利益率が高い、売り上げが大きい、などさまざまな視点があるだろう。しかし、一番大事なことは「次の仕事がもらえるか」ではないかと思う。

逆に、予定の機能が実装できなかった、予定納期に間に合わなかった、赤字だった、こういう「失敗プロジェクト」であっても、「今回は駄目だったけど、この点に注意して、次回は必ず達成してください」と、次の仕事が来たら、その失敗は無駄ではない(失敗は失敗なので「良い」とは言えないが)。

コンペで負けても、オーディションで落ちても、担当者に「今回は駄目だったけど、筋は良さそうなので、次は使ってみよう」と思ってもらえれば決して無駄ではない。

米国のビジネス用語では「失敗」のことを「lessons to learn(学んだこと)」と言い換えるが、次につなぐことができれば、それは失敗ではなくまさに「lessons to learn」である。


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