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「朝活しよう」と思って早起きできた瞬間が既にゴールなのではないか

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永井さんの記事を拝見しました。

『日経産業新聞に、朝カフェ+朝活を、なんと6段抜きカラー記事で紹介いただきました! #asacafestudy:永井孝尚のMM21:ITmedia オルタナティブ・ブログ』 http://blogs.itmedia.co.jp/mm21/2011/09/asacafestudy-da19.html

朝早く起きることが辛いと感じる人が多い中で早起きをして朝カフェや朝活をすることは思い切った行動であると思います。また、一人暮らしならまだしも特に子どものいる家庭や共働きの家庭にとって一人だけ朝活に向かうということはなかなか難しく、家族に理解を求めたり前の晩の家事などの埋め合わせをするなどといった調整面も相応に大変なことと思います。

その上で朝活にトライして成果を出すということは、朝活に期待するものがそれだけ大きいわけであって、そこに挑戦しようと思うところまで精神の状態を持ち上げることができたならば既に目的の半分以上まで進むことができているのではないだろうか、そんな風に思います。

ただしそれは困難が大きいということも前提になっているように感じます。というのとも、誰かが言っている「朝早く起きて勉強したら効率が良かった」というのを真似するとの、それを編み出す人とでは考え方がずいぶんと違うからです。最初にやろうとする人は成功するか失敗するかもわかりませんし、どのようにやれば効率が良いかもわかりません。それでも挑んでいく人のほうが精神的に張った状態まで持って行けてるようことが多いでしょう。

更に言えば朝早くに起きることが答えだと気付くまでの道のりにも成功への鍵が隠れていると思います。何かの課題意識があり、自分の気持ちや世の中の仕組みなど色々なものを考え、「早起き」という一つの答えにたどり着くことができるわけですが、時には間違った答えに向かうようなこともあったのかもしれません。世の中には世紀の大発見をした科学者がいますが、見逃しそうなとても小さな兆候が発見されるのは科学者の心を研ぎ澄ましていたのだと思います。

とすれば、朝活には朝活そのものが持つ様々な素晴らしいメリットがあり、それに加えて自分の決意を高める効果があるとしても、自分の課題を見つめて心を研ぎ澄ましていく効果は各々が別のところから探してくるしかないように思います。人によってはskype英会話であったり、自転車通勤であったりするかもしれません。

自分にとってはなんだろうか、と考えてみました。ひとつには吉凶も良くわからないままにここに書き始めた実名ブログというものであったのかもしれません。仕事以外も含めて次のテーマを探しているところです。

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