オルタナティブ・ブログ > 一般システムエンジニアの刻苦勉励 >

身の周りのおもしろおかしい事を探す日々。ITを中心に。

google healthはEHRに手を出す気だろうか

»

グーグルが健康に関するサービスを始めるのでは?という憶測が飛び交っています。

オルタナティブ・ブログでは既に工藤さんが紹介されています。(まさか自分より早いとは……)

一人シリコンバレー男 > 「Google Health」で病院同士がつながるのか?
http://blogs.itmedia.co.jp/kudou/2008/01/google-health-1.html

実は弊ブログにはこの件に関連するエントリが2007年の7月と8月にひっそりと投稿されていました。

一般システムエンジニアの刻苦勉励 > Microsoftが医療情報の標準化を行うという報道への反応http://blogs.itmedia.co.jp/yohei/2007/07/microsoft_105c.html

上のエントリはMicrosoftが医療情報の標準化を行うつもりだ、という新聞報道に対して業界団体から反発があったというものです。それに対してMicrosoftが報道内容が意図と異なる旨の発表を行いました。これが後述するMicrosoftが医療情報サービスを開始する予兆だったのかもしれません。

一般システムエンジニアの刻苦勉励 > EHRで医療情報を共有する
http://blogs.itmedia.co.jp/yohei/2007/08/ehr_3b8e.html

上のエントリはEHRとは何かということを中心にまとめたものです。EHR(エレクトロニックヘルスレコードElectronic Health Record)とはその名の通り電子的に医療に関する情報を記録する事です。これは電子化された医療情報を共有化して個人の医療記録の集大成を作ることが目標とされます。ある病院で受けた治療や検査結果がEHR化され、後日他の病院に行った場合も参照できるような世界を想像してみると、その恩恵が大きなものである事が予想できます。

#2007/1/27 追記
コメント欄で本エントリはEHRというよりPHR(Personal Health Record)に関して言っているものではないか?というご指摘をいただきました。恥ずかしながらご指摘をいただくまでPHRという言葉を知りませんでしたが、本エントリでは個人の健康情報を記録・管理していくシステムという意味でEHRと言っています。

今年の10月にはアメリカでHealthVaultというサービスが始まりました。これはMicrosoftによるサービスで、ネット上に個人の健康診断履歴を残す無料のデータベースです。

HealthVault
http://www.healthvault.com/

英語に自信が無いのでtechcrunchの記事を引用すると

医師、病院、検査ラボ、その他の医療機関から入手した診断書、処方薬などの情報はHealthVaultのサイトにアップロードできる。自分でタイプ入力してもいいし、血糖値や血圧モニターなんかの個人健康状態モニター器具を使っている人はそこからデータをアップロードも可能。

TechCrunch Japanese アーカイブ > マイクロソフトが「HealthVault」発表、オンライン健康履歴分野でグーグルに先制
http://jp.techcrunch.com/archives/microsoft-beats-google-to-online-health-records-with-healthvault/

だそうです。自分で入力、ということはどんな情報が入ってくるか保証されていません。それはそれで簡便な方式として良いと思いますが、大きな問題点もあります。日本でも最近リタリンの処方に関して医師の処分がありました。このように向精神薬等の薬剤に関する患者側からの虚偽の申告や医師の不正処方というのは後を経たないわけですが、自分でサイトに診断書や処方歴を登録して「この通りですので●●という薬をください」と医師に迫るようなことをどう防ぐのか、という問題と付き合わなければならないでしょう。医師が信用して使用できる情報でなければ、ただの個人の健康日記と変わらないからです。

もし医師が直接どこかにEHRを作成していくことになれば、それだけ医師の事務作業が増加する事になります。医師もボランティアではありませんので、法律で「カルテに加えてEHRも必ず作成すること」というような制限を加えるか、EHR加算のように保険診療に加えることで医師のモチベーションを高めるということになるかと思います。

もしくは、医師はこれまで通りの診察を行い、医師以外の人間がカルテに基づいてEHRを作成するということも考えられます。昨年2007年の末にはそのような仕事を担当する「医療事務補助員」を創設するかどうかということが検討されました。

一般システムエンジニアの刻苦勉励 > 医療事務補助員の配置が検討されています
http://blogs.itmedia.co.jp/yohei/2007/11/post_117d.html

どうやら結論には至らなかったようですが、2007年11月2日に開催された中央社会保険医療協議会 診療報酬基本問題小委員会(第106回)の議事録には下のような記述がありましす。

勤務医の事務作業負担の軽減により勤務医が患者への説明に十分な時間を取ることが可能となり、患者の不安軽減にもつながることから、特に地域の急性期医療を担う病院において、医師の事務作業を支援する事務職員の人員配置について診療報酬上の評価を検討してはどうか。

(導入事例:A病院)救命救急センターで外傷データバンク、救急搬送記録等の登録を行っている。

(導入事例:B病院)説明書類の作成、紹介状返書の作成、データ入力等の補助を行っている。具体的には、事務補助職員が診療録の内容をフォーマットに沿って入力したものを、医師が加筆修正し、捺印する。

再利用性を追及すればEHRのデータ構造が複雑化してしまうことも考えられます。そうすると医師に入力を任せるよりも、ここで議論されたような専門技術を持つ事務員に入力してもらうほうが合理的であるように思います。患者による入力も(信用できないので)ダメ、医師による入力も(やることが多すぎるので)ダメとなると、このような専門の担当者を設置しない限りは実現できないでしょう。

せめて電子カルテのフォーマットが統一されていれば自動的に変換をかけるシステムが構築できるかもしれませんが、現状からすると実現は簡単ではないと思われます。そう考えると建設業界でSXFというCADの共通フォーマットに対応しようとしていることは何と偉大なことなんだろうと感動します。

なお、『厚生労働省予算概算要求の主要事項』というのが発表されています。その中にEHR絡みであるような事項がありました。

厚生労働省:平成20年度厚生労働省所管概算要求関係
http://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/08gaisan/syuyou2.html

こちらには色々とおもしろいものが出ています。気になるものを紹介してみます。

医師不足への対応

  • 医師派遣システムの構築 30億円
  • 女性医師等の働きやすい職場環境の整備 23億円

生活習慣病になる前に

  • メタボリックシンドローム対策・糖尿病予防の重点的推進 51億円

IT業界は鬱が多いと言われますので前向きに努力しなくては……

  • うつ病等の精神疾患に関する国民の正しい理解の促進 86百万円
  • 自殺予防総合対策センター機能の充実 32百万円
  • 地域での効果的な自殺対策の推進と事業主の取組の支援 6.2億円
  • 自殺予防に向けた相談体制の充実と人材育成 5.1億円
  • 自殺問題に関する総合的な調査研究等の推進 3億円

インターネットを活用した、というのが気になります。

  • 介護予防対策の一層の推進(介護予防力)   852億円
    >インターネットを活用した特定高齢者チェックシステムの開発や骨折予防マニュアル、膝痛・腰痛対策マニュアルの作成など、介護予防対策を一層推進する。また、運動器疾患の予防、早期診断、治療の向上に向けた調査研究を推進する

働き方に関するあれこれ。

  • ネットカフェ等で寝泊まりする不安定就労者への就職支援の実施(新規)   1.7億円
  • 団塊世代等の熟練技能者を活用した技能継承支援   4.2億円
  • 年長フリーターに対する常用就職支援等の実施   45億円
  • 男性の仕事と育児の両立に関する意識啓発の推進(新規)   17百万円

いろいろと興味深いものが多かったので横道にそれて紹介してしまいました。ネカフェ難民も予算となると『ネットカフェ等で寝泊まりする不安定就労者』なんていう言い回しになるんですね。この概算要求の中でも今日のエントリと深く関係しているように見えるものがこれです。

医療分野における情報化の推進   32億円

  • 個人が本人の健康情報を活用できる基盤づくりに向けた取組 1.4億円
    電子化される健康情報の高度利活用を図るため、医療・健診等データの相互利用をはじめとする情報共有のための方策、情報技術者のいない医療機関において医療情報を長期にわたり安全に保管するための方策及び個人の健康情報を有効に医療へ活用するための方策について検討するための試行的事業を実施する。
  • 医療情報システムのための医療知識基盤データベースの研究開発 1.7億円
    医療分野の情報化に伴い蓄積される医療情報から、臨床研究や診療に有用な情報を効率的に得られるよう、容易に検索や解析が可能なデータベースを研究開発する。
  • 医療情報システムの相互運用性確保に向けた取組 1.4億円
    医療機関内の仕様の異なる各システムの相互接続性や互換性を確保するための取組を進め、システムの標準化を図り、効率的な医療情報システムの普及を図る。
  • レセプトオンライン化の推進 23億円
    レセプトのオンライン化を進めるとともに、医療サービスの質の向上等を図るため、全国規模でのレセプトデータの収集・分析のための体制を構築する。

特に1つ目の『電子化される健康情報の高度利活用を図るため、医療・健診等データの相互利用をはじめとする情報共有のための方策、情報技術者のいない医療機関において医療情報を長期にわたり安全に保管するための方策及び個人の健康情報を有効に医療へ活用するための方策について検討するための試行的事業を実施する。』 という部分がgoogle healthのサービス内容とも何らかの関係がありそうな部分であり、要注目というところです。

上の強調した部分にもありますが、長期にわたり安全に保管するためのという部分は非常に重要です。今でこそ誰もが知っているgoogleも誕生して10年そこそこです。いえ、googleだけでなく他のあらゆるIT系企業にも人の一生である80年分のデータを保存・運用した経験などないでしょう。今から80年前と言えば1928年ですが、その時代の情報技術と言えばIBMのパンチカードくらいではないかと思います。

すべての医療記録を電子化し、必要な時に取り出すことができるようにする。こう書くと単純で、すごく役に立ちそうなことに感じられるのに非常に難しい問題です。50年くらいして私が病気のオンパレードになる頃にはすっかり整備されているのでしょうか。SF小説のように妄想すれば、万能細胞によりあらゆる病気の治療法が確立されてしまい大昔の医療情報なんて無用になっているかもしれませんね。

Comment(7)